真理を追究し抵抗する表現
この書は、美術が社会と歴史を突き動かし、けん引もしてきた心象と心情のかたちであることに焦点を合わせて、韓国現代美術のひとつの核心を詳述した画期的美術文化書である。
第1章「韓国の民衆美術とは?」では、植民地期の独立運動、1960年の4.19学生革命、70年代からの労働運動と民主化闘争、やがてくる80年の光州民衆抗争がつねに文化運動を伴うものであったことを指摘し、民衆美術初期の具体的動きまでを一気に述べる。この章だけでも民衆美術の手引書に匹敵する密度と勢いがある。第2章では、韓国現代史を貫く「民主化運動」のなかで民衆美術が広がっていく様子を探る。美大の学生、若き評論家たち、数々の組織の動きが87年6月抗争での民衆の勝利へとつながる歴史のうねりのなか、民衆美術が抵抗の美学を体得していく状況を述べる。第3章は韓国の女性美術を取り上げている。抑圧され、疎外されてきたマイノリティの声を可視化する抵抗の精神を持つ民衆美術から女性美術が本格的に胎動したことは、当然のことと言える。この時期の動きは、90年代に入って規模も大きく企画意図も示唆に富むジェンダー視点の女性美術展へと展開していった。ほかの章に比べて短いが、民衆美術のなかでも声が聞こえにくかったという指摘から始まるこの章の意味は大きい。第4章では、民衆美術の永遠なるキーワードである「現実批判的リアリズム」の表象と韓国伝統文化の関わりを力説する。第5章と第6章ではいまの韓国国内外における民衆美術の姿と立ち位置を概観し、一昨年の韓国の歴史的現実であるろうそく(キャンドル)デモの表象をも取り上げながら、抵抗の美学の持つ精神性と霊性を強調する。
ひとつ希望としては、本文ではくまなく網羅されている両国の民衆美術関連図録と文献リストも加わっていたらと思う。ページをめくるごとに縁を持った隣のくにのことばをゆったりした口調で流暢に話す著者の顔が浮かび、民衆とその表現なら何ひとつ疎かにしない丹念な文章が胸を打つ。そして読み終わって思うのは、組織と力を持つ歩みが続くと民衆の顔が権力者のそれになりうるという歴史の現実についてである。その危うさを疎かにしないことと民衆を疎かにしないことを同じ比重で考えるその感覚に気付かせてくれる美術表現の底力を信じたい。
(『美術手帖』2018年8月号「BOOK」より)