海を起点に考える「怖いもの」
藤原勇輝個展「海―畏怖の念」(アート格納庫M)
鳥取県立美術館から西に15分ほど車を走らせると、工場が立ち並ぶエリアに入る。空が広くすっきりとしたこのエリアには、創業70年以上の歴史を持つ業務用品商社、株式会社丸十が運営するアート・スペース「アート格納庫M」がある。2024年にオープンし、今後県立美術館とともに倉吉のアートシーンを牽引していくだろうこのスペースでは、鳥取を拠点に活動する藤原勇輝の個展が行われていた。

日本海側に面している鳥取にとって「海」は強く、深く、恐ろしいものなのだろう。瀬戸内の対極をなす力強い満ち引きは、人智を超えた自然の恐ろしさと、その向こうに存在する近隣諸国との緊張感を想起させる(実際、筆者が鳥取を訪れた際も、ちょうど北朝鮮から日本海に向けてミサイルが発射されたという緊急速報が流れた)。
これまで、韓国の済州島と日本の関係に基づいたアート・プロジェクト「4・3 Art Project―逆走して歴史と出会う―」(*4)を通して、日本海とそれを隔てた隣国と向き合ってきた藤原は、この展示で「海」をひとつの起点に「怖いもの」を取り上げている。「怖いもの」には、大きく分けて「現実的な恐怖」と「イマジナティブな恐怖」の2種類があるとし、前者をミサイルや原発といった核と、後者を山陰地方に根付く怪談「飴買い幽霊」(*5)と結びつけている。いずれにしても乗り越えがたい恐怖であるが、政治問題に終始しないところにユーモラスな姿勢が垣間見える。

実際、会場には放射能マークをモチーフとしたFRPの作品や、近隣の社会主義国の国旗を想起させる色合いの平面作品があるいっぽう、中央に設置されている《Candy Pool》(2026)には水飴が用いられ、「飴買い幽霊」との接続を試みている。粘性を感じさせる黒いプールと、糸を引くようにして滴る吊り下げられた鉄板からなるこの作品は、暗く静かだが、どろりとした質感が強い力を感じさせ、そこはかとなく不穏な雰囲気を放っている。展示室内には、常設作品である黒い廃油と水のプールからなる原口典之の《Oil and Water》(2003)も並んでいる。一見、原口へのオマージュかと思うほど類似した形をとっているが、油と水、そして水飴の粘性の対比がより目を引く。
両国間に横たわる日本海は、絶えずそれぞれの政治情勢とその変遷を見守ってきた。日本海は、障壁になることもあれば、守ってくれる存在にもなりえた。時代によって各国の事情があるだろうが、それは地球上の小さな人間たちの視点に立った物語なのであって、いまも、未来も、日本を囲む海と、その向こうの陸地は変わらず存在し続けている。
*4──詳細については以下。https://www.43artproject.net/ (最終閲覧日:2026年4月7日)南朝鮮軍などの島民虐殺事件をテーマに済州島から日本へ亡命してきた人々の足跡を、逆に日本からさかのぼっていくことを試みている。
*5──島根県松江の大雄寺を舞台とする怪談で、かつては小泉八雲も興味を持ったという。毎晩、飴を買いにくる女性を怪しんだ飴屋の店主が後をつけて行ったところ、墓地にたどりつき墓から母乳の代わりに水飴を舐める赤子が見つかったという話。死してもなお幽霊となって赤子を育てるというところから、母の愛の強さを示す怪談としても知られる。
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