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聴く、歩く、そして放つ──「光の地」光州への応答。古川美佳評「光州ビエンナーレ2024 日本パビリオン」【4/4ページ】

ナショナル/トランス・ナショナル/ポスト・ナショナルを貫通する

 キュレーター山本浩貴は、「ナショナルな、トランス・ナショナルな、ポスト・ナショナルな歴史と、そのなかで生起する過去の、現在の、未来の出来事──まだ、私たちには記憶しなくてはなないことが残されている」と結びながら、この日本パビリオンで歴史と現代に新しいビジョンを紡ぎだしたかったという。

 振り返ると、このパビリオン形式での参加には、当初から山本の反語的な問いかけがあった。日本という「国家」を装うパビリオン、しかしほかの国と異なるのは、その日本こそが近代、東アジアにおいて「国家主義」の先鋒として朝鮮半島を植民地化した「帝国日本」であった。加えて、戦後日本が追従した米国が強く関与した光州抗争にもまた、日本は遠巻きながら無関係ではない。そういう国であることを山本はこのビエンナーレの入口から意識し、そのうえでどのような応答ができるかを念頭に、ふたりの作家たちと光州の地に立ったといえる。

 今回多くのパビリオンは環境や移住、脱植民地化やジェンダーなど現代的イシューを扱いはしても、光州抗争そのものについてはさほど取り上げてはいない。それに比べ、日本パビリオンはむしろ、「国家」と「民衆」という政治的関係性の襞(光州ビエンナーレの根底にはつねにこの「五月の政治性」(*9)がある)にあえて入り込もうとしたのである。しかも、もっともかき消されてきた女性たちの声を代弁するかのように。

 結果的に日本パビリオンは、抽象性、具体性、くわえて抒情性(朝鮮史がたたえる哀しみ)を備えながら、「沈黙を沈黙のままに可視化」し(*10)、ブリオーが掲げた音と空間による「関係性の美学」に共振共鳴することになった。

 光州抗争の惨劇の闇は深く、だからこそ無名匿名の人々の意志を紡ぎ、闇から光を手繰り寄せる「五月の芸術、文化運動」という表現の力を必要とした。今回、山本の省察と協働しながら、内海と山内は奇しくもその「光」を自らが見出し、そこに連なったのである。「五月光州」とはそういう普遍性の光であり、光州ビエンナーレの今日性は本来そこにある、はずなのだ。時とともに変貌するビエンナーレ、だがその底に流れる声(パンソリ)を聞き逃してはならない。

内海昭子 The sounds ringing here now will echo sometime, somewhere 2024 
撮影=山中慎太郎(Qsyum!)

*1──第15回光州ビエンナーレ日本パビリオン会場で配布されたパンフレットに記載された「オーガナイザー:福岡市/Fukuoka Art Next (FaN)」の言葉より抜粋。
*2──9月5日の日本パビリオンオープニング・レセプションには、姜琪正(カン・キジョン)光州市長、高島宗一郎福岡市長代理として福岡市経済観光文化局の吉田宏幸理事、實生泰介 在韓国日本国大使館公使、十河俊輔国際交流基金ソウル日本文化センター所長らも参席した。オーガナイザーである福岡市とFaN、およびアートプロデューサー山出淳也ら関係者たちの並々ならぬ熱意が感じられた。
*3──光州民衆抗争(「光州事件」):全斗煥国家保安司令官が全国に非常戒厳令を宣布した1980年5月18日から道庁が陥落する27日までの光州の学生・市民による反軍部・民主化闘争。軍部は空挺部隊を投入、死者200人以上、負傷・被害者3500人以上にのぼった。 
*4──「水曜デモ」:日本軍「慰安婦」問題解決全国行動が、日本軍「慰安婦」への日本政府からの公式謝罪と金銭的・法的賠償を求め、1992年から水曜日に在韓国日本国大使館前で行っている集会およびデモ。
*5──直訴の文化:朝鮮時代、民衆が王に対して窮状や要求を直接、太鼓を打って訴える登聞鼓(のちの申聞鼓)(太宗の時代に設置)から、18世紀英祖・正祖統治の儒教思想のもと、民衆がドラや鉦を鳴らすことで王を引き留め訴状を申し入れる(上言、撃靜)等、朝鮮時代から続く「直訴」の政治文化が現代韓国にも引き継がれている。古川美佳『韓国の民衆美術―抵抗の美学と思想』(岩波書店、2018) 
*6──「*1」のパンフレットに記載された内海昭子の言葉より抜粋。
*7──「五月オモニの家」:光州市揚林洞にある「五月オモニ(母)の家」は、光州抗争を経験した女性たち、遺族や負傷者でもある抗争に参与した女性たちが集まる場所。鄭賢愛・現館長が光州抗争後に連行され出所後に「5・18拘束者家族会」を結成し救命運動を展開したのがこの家の由来。その後、2006年に現在の名に改称、会員数100名余の女性たち(いまや大半が高齢)が集まり、歌や絵、ヨガなどの講座やグループ・カウンセリングが行われている。朴來群著・真鍋祐子訳『韓国人権紀行 私たちには記憶すべきことがある』(高文研、2022)
*8──「*1」のパンフレットに記載された山内光枝の言葉より抜粋。
*9──「五月の政治性」「五月の芸術、文化運動」「五月光州」などの言葉は、光州抗争を語る際に醸成されてきた、「五月精神」「5・18精神」「五月版画」などのように、抗争の地・光州が抱えもつ虐殺・抵抗・克服の絶え間ない主体的な運動の様態が圧縮されたイメージを内包するもの。
*10──「*1」のパンフレットに記載された日本パビリオン・キュレーター山本浩貴の言葉より抜粋。

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