身体、ジェンダー、そして社会への介入
第4章「Self-Discovery(自己の発見)」では、身体やジェンダー、アイデンティティをめぐる実践が紹介される。
そのなかでも目を引くのが、岸本清子の作品だ。岸本は1980年代以降、既存の社会秩序や権力構造に対する批判を、絵画、パフォーマンス、街頭活動など多様な方法で表現してきた。自らを「地獄からの使者」と称し、社会的な成功や上昇志向に異を唱えるいっぽう、社会の底辺にいる人々の連帯や自由を重視した。作品に繰り返し登場する逆三角形のモチーフは、そうした「下降」の思想を象徴するものだという。

いっぽう、イトー・ターリは、身体を用いたパフォーマンスを通じて、女性や性的マイノリティの存在を可視化してきた。1996年の《Self-Portrait》は、レズビアンであることを公に表明した作品として紹介される。性的マイノリティへの差別が根強かった当時の日本社会において、自らの身体とアイデンティティを表現することは、政治的な意味を持つ行為でもあった。

自然、テクノロジー、そして労働をめぐる実践
展覧会の最後を飾る第5章「Environmental Consciousness(環境への意識)」に入ると、展示空間の印象も変わる。それまでの比較的閉じられた展示室とは対照的に、天井が高く、自然光が差し込む開放的な空間が広がる。ここでは、自然と人間、テクノロジー、そして環境との関係を探る作品が紹介される。
中谷芙二子の初期の映像作品《風にのって一本の線を引こう》(1973)には、クモが巣をつくる様子が記録されている。巣が完成するまでの時間と映像の上映時間が重なるこの作品では、クモの巣を自然が生み出す精巧なテクノロジーとして捉えている。その近くには、宮本和子による床面のインスタレーションが展示されている。約2000の足跡を用い、1週間ほどかけて構成されたという作品は、線が交差する幾何学的な構造を持ち、中谷の映像に現れるクモの巣とも呼応する。

同じ空間には、陶芸作品も集められている。ハワイで育ち、アメリカで活動したトシコ・タカエズによる「Moon」シリーズは、内部が空洞になった球体状の陶芸作品だ。表面には小さな穴が設けられ、内側と外側がひとつの世界としてつながっている。会場では、そのうち2点がハンモックに載せられ、展示されている。また、アフリカでの滞在経験を持つ小川待子の陶芸作品は、地中から掘り出された考古学的な遺物のような姿を見せる。自然の素材である土を用いながら、長い時間の堆積を思わせる作品だ。
さらに、三上晴子の初期作品にも注目だ。三上は1980年代後半から90年代初頭にかけて、東京のバブル経済や急速な技術革新によって生み出された廃棄物に着目した。捨てられた配線やコンピュータの画面、金属などを収集し、彫刻やインスタレーション、パフォーマンスを制作していた。オスタンドによれば、今回の展覧会の調査を始めた当初、こうした初期作品はほとんど現存していないと考えられていた。しかし、調査チームが個人コレクションやアーカイブを調べた結果、作品や関連資料が発見され、展示が実現したという。

展覧会の終盤には、久保田成子の《ナイアガラの滝I》(1985–87)や、草間彌生のミラールーム《水上の蛍》(2000)が登場する。草間の作品に現れる無数の点や無限に広がる空間は、植物の成長や死、生命の反復といったテーマにもつながっている。展覧会の最後にその作品を置くことで、来場者は、これまでたどってきた様々な作家たちの実践を、自然や環境という共通の視点から再び見つめ直すことになる。

「日本の女性美術家」という枠組みを超えて
本展のための調査は約3年にわたり、日本国内外のアーカイブや作品所蔵先を対象に進められた。展覧会にあわせて刊行された図録には、萩原弘子、北原恵、小勝禮子、中嶋泉、由本みどりらを含む約40人の執筆者が参加している。
オスタンドは、今回の展覧会について、戦後日本の女性美術家に関する研究を完成させるものではなく、今後の研究の出発点となることを期待している。「まだ十分に研究されていない作家たちが数多くいます。日本の研究者やキュレーターたちにも、彼女たちの活動についてさらに調査を進めてほしいのです」。
本展はムダムでの開催後、2027年3月20日から9月5日までミュンヘンのレンバッハハウス、同年10月8日から2028年3月5日までグッゲンハイム美術館ビルバオへ巡回する。
戦後日本の女性美術家たちの作品を通じて見えてくるのは、これまでの美術史では十分に語られてこなかった、多様で複雑な実践の歴史だ。その再評価は、日本美術の歴史を見直すだけでなく、20世紀の国際的な美術史そのものを問い直すことにもつながるだろう。



















