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戦後日本の女性美術家たちは何を「解放」したのか? ルクセンブルクのムダムでの「Kaihō」展をレポート【2/3ページ】

抽象表現から、参加と行為の芸術へ

 続く第2章「New Abstraction(新たな抽象)」では、1950〜60年代の高度経済成長や工業化を背景に、新たな造形表現を模索した作家たちに焦点を当てる。

 会場には、田中敦子が1960年代に制作した大型絵画が展示されている。鮮やかな色彩の円が重なり合い、線によって結ばれた画面は、電気回路やエネルギーの流れを想起させる。

壁面:左から田中敦子《Untitled》(1964)、《Work》(1963)。床のインスタレーションは同氏《Work (Bell)》(1955/2000)

 田中は具体美術協会の主要メンバーのひとりとして知られるが、ここでは同じ時代に新しい素材や技術を用いたほかの女性作家たちと並置される。山崎つる子や多田美波による金属や動きを取り入れた彫刻、大竹富江や吉川静子の抽象作品などが、絵画という枠を超えて展開された実験的な表現を伝えている。

大竹富江と吉川静子の抽象作品

 さらに第3章「Do It Yourself(自分でやってみる)」では、作品を鑑賞するという行為そのものが問い直される。

 オノ・ヨーコ、塩見允枝子、斉藤陽子らの作品は、鑑賞者の参加や指示の実行、他者との関係によって成立するものだ。作品は必ずしも完成された物体として存在するのではなく、誰かが行為を起こすことで、そのつど異なるかたちをとる。こうした実践は、1960年代の国際的な実験芸術の動向とも深く結びついている。日本の女性美術家たちが、海外で生まれた芸術運動に参加しただけでなく、その形成や発展にも積極的に関わっていたことがうかがえる。

 オスタンドは、日本への調査旅行やアーカイブ調査を通じて、草間と桂ゆきが同じ展覧会に参加していたことや、1960年代のニューヨークが多くの日本の女性美術家にとって重要な活動拠点だったことなどを知ったという。

 「当初は孤立しているように見えた作家たちが、実際には互いにつながっていたのです」。オスタンドは、こうした関係性を「星座」のようなものとして捉えている。既存の美術史では個別に語られてきた作家たちを、同時代の交流や相互の影響を通じて結び直すことも、本展の重要な試みだ。

編集部

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