第2章「マリー・アントワネット:追憶と偶像化 1800-1940」
第2章「マリー・アントワネット:追憶と偶像化 1800-1940」は、19世紀以降のアントワネットの再評価を取り上げる。革命後のフランスは共和制、帝政、王政と政治体制が目まぐるしく入れ替わることになるが、アントワネットがとくに再評価されるようになったのは、1852年に始まるナポレオン3世の第二帝政の時代だった。


ナポレオン3世の后であるウジェニー(1826〜1920)らは、アントワネットのスタイルを回顧するとともに、自身のイメージづくりにも活用した。これにならい、新興のブルジョワたちも、自らの家柄に箔をつけようと、アントワネットのスタイルを模倣するようになっていった。

20世紀に入ると、ジャンヌ・ランバン(1867〜1946)のようなアール・デコ期のクチュリエたちがアントワネットのスタイルを、ファッション・デザインに積極的に取り入れた。ランバンの《イヴニング・ドレス》(1922-23頃)はアントワネットのシュミーズ・ドレスを再解釈し、イヴニング・ドレスに仕立てたもの。映画女優のカタリナ・バルセナ(1888〜1974)が着用した。
こうした動向の背景には第一次世界大戦(1914〜18)もある。残虐かつ非人間的なこの戦争によって、進歩史観や啓蒙への期待は後退し、その代わりにアントワネットが生きた18世紀を輝かしい時代として評価する向きが強くなった。アール・デコ期の代表的な挿絵画家、ジョルジュ・バルビエ(1882〜1932)は、18世紀のモードを研究し、アントワネットを思わせる人物を当時のファッションとともに自らの絵に頻繁に登場させている。



















