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「川合玉堂―なつかしい日本の情景―」(山種美術館)開幕レポート。ノスタルジーを風景に託した玉堂の画業を辿る【3/4ページ】

第2章 玉堂芸術の確立―大正から戦中期

 「第2章 玉堂芸術の確立―大正から戦中期」では、大正期から戦時下までの間に制作された、玉堂芸術を象徴する作品の数々が紹介されている。この時期、玉堂は官展を主な活動の場とし、東京画壇の中心的な存在として活躍。1940年には文化勲章を受章した。

川合玉堂《紅白梅》(1919頃)紙本金地、彩色、屏風(六曲一双) 各170×372cm 玉堂美術館

 制作においては、様々な表現手法の研究をより一層深化させていく。琳派に影響を受けた《紅白梅》(1919頃)もこの時代に手がけた作品のひとつだ。《紅白梅》は尾形光琳の《紅白梅図屏風》(18世紀)を参照しているが、白梅と紅梅で遠近差をつけてコントラストを強調した構図や、左右に描かれたシジュウカラは玉堂独自の表現である。

川合玉堂《春風春水》(1940)絹本、彩色、軸(一幅) 75.8×87.5cm 山種美術館

 さらにその後、四季折々の日本の風景を描きつつ、そこに生きる人々の姿も落とし込みむようになる。このような風景を通じて、見る者のノスタルジーを喚起させるスタイルを確立していった。そんな玉堂作品の真骨頂とも言える《春風春水》(1940)では、山桜が散る春の山で、農婦を乗せた渡し舟が川を横断する様子が描かれている。この渡し舟は玉堂が好んだモチーフで、ほかの作品にも頻繁に登場している。

川合玉堂《早乙女》(1945)絹本、彩色、軸(一幅) 63.5×87.3cm 山種美術館

 また、同じく玉堂の傑作のひとつと言われる《早乙女》(1945)では、のどかな田園で農婦たちが田植えをする様子が描かれている。斬新な構図のなかで、農婦たちの表情は、会話の内容が想像できるほど情感豊かに描かれている。

編集部