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ヴェネチア・ビエンナーレが開幕。日本館で荒川ナッシュ医が「赤ちゃん」を通して問いかけるケアと未来

第61回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の日本館展示として、荒川ナッシュ医による「草の赤ちゃん、月の赤ちゃん」が5月9日に開幕する。クィア・ペアレンツとして双子を育てる荒川ナッシュ自身の経験を起点に、ケアと未来、そして国家や歴史との関係を問いかける本展の様子をレポートする。

文=王崇橋(編集部)

第61回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館、荒川ナッシュ医「草の赤ちゃん、月の赤ちゃん」の展示風景 撮影:Uli Holz 提供:国際交流基金

「ケア」を身体で体験する空間

 第61回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の日本館展示として、荒川ナッシュ医による「草の赤ちゃん、月の赤ちゃん」が5月9日に開幕する。

 本展は、2024年に代理出産を介して双子の親となった荒川ナッシュが、自身のクィア・ペアレンツとしての経験を起点に構想した参加型インスタレーションだ。「ケア」という行為を通じて、未来を生きる子供たちのためにどのような世界を残すのかを問いかける。キュレーションを手がけたのは、高橋瑞木(CHAT紡織文化芸術館館長兼チーフ・キュレーター)と、堀川理沙(シンガポール国立美術館シニア・キュレーター兼キュレトリアル&コレクション部門部長)。

 日本館に足を踏み入れると、まず来場者を迎えるのは、色とりどりのベビー服を着て、ミラーレンズのサングラスをかけた赤ちゃん人形たちだ。希望者はそのうちのひとりを抱きかかえ、展示空間を巡ることになる。人形の重さは、生後3〜4か月の乳児とほぼ同じ約5.5キロ。来場者は鑑賞者だけではなく、「ケア」を実践する身体として展示に組み込まれていく。

色とりどりのベビー服を着て、ミラーレンズのサングラスをかけた赤ちゃん人形たち 撮影:Uli Holz 提供:国際交流基金

 荒川ナッシュは美術手帖の取材に対し、「赤ちゃんの人形を抱いた瞬間に、人の表情や態度がすごく柔らかくなる」と語る。「その変化を見るのが面白いんです。みんな本当に自然に優しくなる」。

 館内では、荒川ナッシュの双子の子供や、クィア家庭に生まれ育った子供たちの声を用いた、サージ・チェレプニンによるサウンド作品が空間全体に響き渡る。さらに、「My Twins’ First Film」と題された映像作品も展示される。「自分たちの子供に最初に見せたい映画」というコンセプトから出発した同作では、ディアスポラ的な存在や境界上にいる人物を主人公、あるいは監督とする映画を、荒川ナッシュの子供たちが鑑賞する様子が映し出されている。

 展示の終盤、来場者は抱いてきた赤ちゃん人形のおむつを替える。その際、おむつに印刷されたQRコードを読み込むことで、占星術師・ライターの石井ゆかりによる、それぞれの赤ちゃん人形の「誕生日」をテーマとした「オムツの詩」を受け取ることができる。

赤ちゃん人形のおむつを替える荒川ナッシュ 撮影:筆者

 この「誕生日」こそ、本展の重要な核となっている。それぞれの「誕生日」の日付は、日本で女性参政権が認められた日、フィリピンで日本軍による暴力が起きた日、あるいは荒川ナッシュ自身のディアスポラとしての経験に結びつく日など、様々な歴史的意味を持っている。「なかには非常に重い歴史を伴う日付もあります。それらの出来事をどう未来へ伝えていくのかがテーマになっています」と荒川ナッシュは語る。

 会場入口には、荒川ナッシュが内覧会前日に手書きしたメッセージも掲げられている。そこには、クィア・ペアレントとして子供を授かるまでの過程や、そのなかで感じたプレッシャーについても率直に綴られている。

 荒川ナッシュは、「クィア・ペアレンツとして子供を育てる事例は、まだ社会のなかで十分に可視化されていない」と話す。「だからこそ、そうした存在のプレゼンテーションを増やしていくことが重要だと思っています」。

編集部