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「福田尚代 あわいのほとり」(神奈川県立近代美術館 鎌倉別館)開幕レポート。境界をほどき、新たな生の誕生を目の当たりにする

神奈川・鎌倉にある神奈川県立近代美術館 鎌倉別館で、美術家・福田尚代の初期から現在に至る主要な作品を紹介する個展「福田尚代 あわいのほとり」がスタートした。会期は5月17日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=三澤麦(編集部)

「福田尚代 あわいのほとり」展示風景より、《漂着物/波打ち際》(2002-26)

 神奈川・鎌倉にある神奈川県立近代美術館 鎌倉別館で、美術家・福田尚代(1967〜)の初期から現在に至る主要な作品を紹介する個展「福田尚代 あわいのほとり」がスタートした。会期は5月17日まで。担当は同館学芸員の朝木由香。

 福田は、幼少期に抱いた「言葉は小さな粒である」という独自の思索を、言葉と美術によって探求してきた美術家だ。本展では、1990年代の初期作から新作までの作品およそ20組の作品が、同館特有の展示空間を生かして構成されている。

「福田尚代 あわいのほとり」展示風景

 福田は本展の開催が決まった後、この鎌倉の地へ何度か足を運んだ。海や波打ち際、岬といった景観を視覚的に受容した福田は、やがて海の夢を見るようになったという。

 「波打ち際が、まるでリボンのように切り取られていて……」。夢のなかで見たそのイメージは、展示室のガラスケースを見た瞬間に会場のイメージへとリンクしたと福田は語る。今回、新作として発表されたインスタレーション《漂着物/波打ち際》(2002-26)は、鎌倉の地との出会いから生まれたものだ。消しゴムを彫り込んで一つずつ制作された粒子のようなピースは、作品名の通り、水の力で砕かれた石や貝殻が混ざりあう砂浜のようであり、同時に、生命の営みを俯瞰しているようにも感じられる。

《漂着物/波打ち際》(2002-26)。偶然か必然か素材の配置には規則性を見出すことができ、そこに物語性が生まれている
《漂着物/波打ち際》(2002-26、部分)

 この《漂着物/波打ち際》と対をなすように配置されているのが、福田が愛読する文庫本のページを折り込んで制作された《翼あるもの/岬》(2003-25)だ。折り重なるページから立ち現れる言葉は、物語からの解体であると同時に、隣りあう本と呼応して新たな物語を紡ぎ出しているようにも見える。

 展示室では、この「波打ち際」と「岬」のあいだを縫うように複数の作品が点在している。それぞれの作品から解き放たれた粒子が、この“あわい”で混ざり合っているかのようであった。

《翼あるもの/岬》(2003-25)。ページが折り込まれ広がった文庫本は、まるで翼を広げた鳥のようにも見える

 ここで、展示室入口に投影されていた、本展のために書き下ろされた回文の詩に思いを馳せる。正面の壁には、本展のために書き下ろされた回文の詩が投影されている。連ねられた言葉はひとつの詩を成しながらも、一文字一文字が粒子のように漂う。この揺らぎと、回文という終着点のない往還は、先述のインスタレーション、ひいては福田の創作に対する姿勢そのものを表している。

壁面に投影された《あわいのほとり》(2025-26)。両面に詩が印刷された手前の紙は、表面のすべてがひらがなで綴られており、その表記が言葉のまとまりをほどくことで、揺らぎをより一層感じさせている

編集部