『綾錦』とは?
大正天皇即位の記念事業の一環として新築された西陣織物館(現・京都市考古資料館)では、大正4年(1915)より、国内外に伝来する「織物に関係ある名品秘宝」を、京都周辺の名刹や当時の染織コレクターから借用し、陳列する展覧会が開催された。およそ10年間、4ヶ月ごとにテーマを変えて展示替えされ、好評を博したという。
これらの貴重な染織品を記録として残したいと考えた主催者たちにより、とくに優れた作品を選定し、意匠を再現した染織図案集が企画される。それが、大正5年から14年をかけて全11冊(うち1冊は古鏡号)刊行された『綾錦(あやにしき)』だ。

『綾錦』のうち、能装束や古更紗の巻には、出品者に、根津美術館の基礎を築いた初代・根津嘉一郎の名が多く見られ、この時期に彼が染織品のコレクターとして知られていたことを伝える。掲載されている図案からは、どんな作品を所持していたかも知ることができるそうだ。
本展では、この『綾錦』に載る嘉一郎の所蔵品のうち、現在確認できる20件が紹介される。茶道具や、書画、武具などの蒐集で知られる嘉一郎は、大正から昭和にかけて、積極的に染織品をも蒐集していたことが記録から見えてくる。
会場には、「能装束」「小袖」「古更紗裂」のジャンル別に、染織作品が『綾錦』に掲載される版画とともに並ぶ。鳥や吉祥のモティーフに高価な素材と高い技術を駆使した限りなく豪華な着物や、貴重な古更紗裂の美しさはもちろんだが、もうひとつの見どころが、この『綾錦』そのものだ。
京都の美術書肆(しょし)・芸艸堂(うんそうどう)による本集は、作品の全図をコロタイプ印刷で、意匠図案については、京都の画家や図案家の模写を、料紙や扇子の装飾に携わっていた京版画の彫師や摺師が精密な多色摺木版画にして、1冊に50図を掲載している。
拡大された図案の木版画は、布・糸のほつれや、織や刺繍の糸の1本1本までが細密に写し取られ、どのような技法を使っているか参考にできるほどの精巧な摺りになっている。
そして表紙は、この装幀のためだけに織られたものだ。各200部限定の贅沢な図案集は、まさに綾錦。それだけで京都が培った美と技の集結した美術品といえる。
それぞれの着物の役割や意匠の意味、驚嘆の染織技術とともに、この版画の精妙さを楽しんでほしい。






































