「FUJI TEXTILE WEEK 2025」(山梨県富⼠吉田市)開幕レポート。織物の町に流れる“見えない力”を可視化する【2/5ページ】

旧糸屋会場

 旧糸屋の座敷には、絞り染めの途中段階で生まれる“絞り”の造形を増殖させた松本千里のインスタレーション《Embracing Loom》が広がる。支持体から生き物のように広がったかたちは天井や壁を伝い、中央に置かれた古い織機を抱きしめるように絡みつく。その姿は、長くこの場所に蓄積された手仕事の物語や思いが“テキスタイルの霊”として立ち上がるようにも見える。まちの変化とともに役割を変えてきた産地の記憶が、松本の滞在制作によって布のかたちとして呼び戻された。

展示風景より、松本千里《Embracing Loom》

 布を継ぎ接ぎするように増築されてきた旧住居の空間には、安野谷昌穂が2012年から制作を続ける布作品と、新作《寛厳浄土 赤・黒》が展示されている。富士吉田に工場を持つWatanabe Textileとの共同制作による生地に、森林限界の自然や人の営みを参照した模様をフェルティングニードルで打ち込んだ。富士山の厳しさと優しさ、極楽と地獄、生と死──山岳信仰の感覚を再解釈した本作は、色と光が重なり合い、静かな祈りの場をつくり出す。かつて織物が営まれたこの家に流れていた時間を、光がそっと呼び覚ましている。

展示風景より、安野谷昌穂《寛厳浄土 赤・黒》

編集部