KURA HOUSE 会場
かつて質屋の蔵として使われていた KURA HOUSE。厚い土壁に囲まれ、時間が静かに沈殿する空間に、台湾出身のジャリン・リーは、布で象った花瓶や本、標本箱をそっと配置した。布の柔らかな質感は、かつてこの場所に持ち込まれた“誰かの大切なもの”の記憶を受け止める器として静かに佇む。

1階中央に据えられた新作《Unseen Spring》は、噴水を模した布の彫刻だ。水が湧き上がる源のように、目には見えない記憶や想いが立ち昇る気配を示し、今年のテーマ「織り目に流れるもの」と深く呼応する。布の重なりは水流のように空間をめぐり、蔵に眠る時間の層を柔らかく浮かび上がらせる。
2階には、リーが拾い集めたサンゴや貝殻を金属に鋳造し、布製の標本箱に収めた作品群が並ぶ。富士吉田では、水資源を補うために人工水路が整備され、それが織物産業の発展を支えてきた歴史がある。リーは、こうした「人が水をかたちづくる行為」に着目し、噴水という象徴的モチーフを通して、水と記憶、生活のつながりを静かに映し出している。
蔵の内部に柔らかな光の層を生み出すのは、向山喜章による4点の作品である。比叡・高野・大峯といった山岳信仰の地を象徴する「深山の祈り」の感覚が、蝋燭の灯りのような色調と静謐な空気に結びつく。

ワックスのような柔らかな表面、淡く発光する色彩──ひとつの点から放たれた光が厚みのある面へと織り上がるような構造は、かつて織物に携わった人々の営みや、富士山麓に受け継がれてきた祈りと静かに重なり合う。築70年以上の蔵に置かれたこれらの作品は、お堂のような静けさをまとい、場に積もった影と光の記憶を浄化するように響き合う。
狭い階段を3階まで登りきると、長谷川彰宏による“光の場”が現れる。中央には三身即一を想起させる3つのシルエットが置かれ、左右の縦長の画面は厨子が開くように空間をかたちづくる。

長谷川は、この会場を「富士塚」に見立てており、鑑賞者は山頂でご来光を拝むような体験へと導かれる。制作中に彼が思考の中心に置いていたのは、霧の高山で自身の影の周囲に虹が生まれる「ブロッケン現象」だった。かつて阿弥陀如来の来迎として語られたその現象は、科学的に解明された現在も神秘性を失わない。本作では、富士山山頂でふと振り返った瞬間に現れる“光の出来事”が、蔵という密度の高い空間で再び立ち上がる。
信仰の地・富士吉田。山頂に阿弥陀如来がいると信じられてきた歴史とともに、築70年以上の蔵を“小さなお堂”に読み替え、光と影の作用を通して土地が持つ時間の厚みを体験させる構成となっている。



















