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「刺繍―針がすくいだす世界」(東京都美術館)開幕レポート。針と糸が生み出す可能性とその営みの意味を探る【3/3ページ】

 伏木庸平にとって、布に糸を刺すことは作品制作という枠を超え、日々の営みそのものに近い。2011年頃から現在まで刺し続けられている《オク》は地下ギャラリーに展示されており、まるで生き物が増殖と分裂を繰り返すかのような姿を見せている。13年には、誰もが応募できる「ポコラート 全国公募展 vol.3」で千代田区長賞を受賞しているが、その後もライフワークとして《オク》をはじめとする作品を生み出し続けている。

展示風景より、伏木庸平《オク》(2011-)。刺繍のなかには羊毛のみならず、ビニールなどの異素材も混ざっている
《オク》(部分、2011-)の裏側

 自身が日々の営みのなかで感じることを、少し時間を置いて思い返しながら布に糸を刺す。伏木にとって、針を刺すという行為そのものが、自らの内面と向き合う時間となっているのだ。

展示風景より、伏木庸平《左半身の肋骨》(2018-24)

 ベンガル地方の女性たちのあいだで、古布の再生や祈りの思いから生まれ、受け継がれてきた「カンタ」。もともと西洋刺繍を学んでいた望月真理は、50代半ばの1970年代、インド・コルカタを旅した際にこのカンタと出会い、その自由度の高い針仕事に強く魅了されたという。会場には、望月の刺繍作品と、70年代以降にカンタから影響を受けて制作された作品が展示されている。

展示風景より、望月真理《一番初めに作ったカンタ》(1979)

 西洋刺繍との違いに驚きつつも、カンタ特有の縫い方や思想を自ら研究し、古い布を新たに縫い直して再生させる技法や、その根底にある精神性・祈りにも深く共鳴したという望月。その姿勢は、作品の一つひとつから伝わってくるようだ。

展示風景より、手前は望月真理《自作の刺繍コート》(1969頃)
展示風景より、望月真理《ランプシェード》(1979)。望月の祖母から受け継いだ麻布が使用されている

 刺繍と一口に言っても、その表現の在り方は幅広く、作家ごとに関心もそこに込められた意味合いもまったく異なる。だからこそ、針と糸で生まれる造形には、まだまだ多くの可能性があるように思われる。美術館という場で刺繍作品を鑑賞することで、その手仕事に込められた時間や熱量がよりいっそう伝わってくるようでもあった。

 なお、会期中には「刺繍がうまれるとき―東京都コレクションにみる日本近現代の糸と針と布による造形」も同時開催されている。東京都江戸東京博物館東京都写真美術館、東京都現代美術館が所蔵するコレクションから、「刺繍」や「刺子」など糸・針・布によって生まれた造形作品と関連資料を選び、4章立てで紹介。さらに、女子美術大学工芸専攻研究室が所蔵する、明治末から昭和初期にかけて学生たちが制作した「刺繍画」も展示されているため、ぜひあわせてチェックしてほしい。

展示風景より、髙田安規子・政子《ジョーカー》(2011)
展示風景より、手前は秋山さやか《あるく 私の生活基本形 深川 2006年8月4日〜》(2006-07)
展示風景より、江戸東京博物館の収蔵品である「火消半纏」「消防服」など

編集部