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「刺繍―針がすくいだす世界」(東京都美術館)開幕レポート。針と糸が生み出す可能性とその営みの意味を探る【2/3ページ】

 各作家らのバックグラウンドと作品の特徴について紹介したい。江戸の刺繍職人の家に生まれた平野利太郎は、10代から20代にかけて日本画や古典工芸、染色デザインを学んだ。伝統的な技法を踏まえつつ、日常生活の多様なモチーフに目を向けて作品へ取り入れている点が特徴と言えるだろう。高度な技術に裏打ちされた、リアルながらも革新的な表現が見どころとなっている。

展示風景より、左から平野利太郎《花と魚菜》(1953)、《サボテン》(1955)
展示風景より、平野利太郎《サボテン》(部分、1955)

 尾上雅野は、個人的に手芸を楽しんでいたアマチュア時代に、主婦の友社が主催する手芸展で繰り返し入選。その後、個展の開催を通じて本格的にキャリアをスタートさせた。独学で得た西洋刺繍の知識を基盤に、羊毛を用いた躍動感あふれる絵画的な刺繍作品を発表し、のちには日本手芸普及協会の会長も務め、後進の育成にも尽力した人物でもある。

展示風景より、尾上雅野による作品群。手前は《バラのアーチ》(1969)

 キャンバスなどに使われる麻布に羊毛を大胆に刺した作品は、まるで油彩画を思わせる迫力があり、遠目でも近くでもその魅力を味わうことができるだろう。

展示風景より、尾上雅野《バラのアーチ》(部分、1969)
展示風景より、尾上雅野《ぬいぐるみ クッション》

 生まれつき他者とのコミュニケーションに困難さを抱えながらも、幼少期から絵画や手芸などの創作に親しんできた岡田美佳は、かつてどこかで目にした風景や情景を、自由なステッチで画面上に紡ぎ出していく作家だ。20代の頃に画家・安野光雅の『旅の絵本』を愛読し、その影響を受けて刺繍画を制作し始めて以来、これまでに約400点以上の作品を生み出してきた。会場ではそのうち50点余りが展示されており、食卓や自然の風景といったモチーフには、岡田が過ごしてきた日々が針と糸によって記されているかのような温かみが感じられる。

展示風景より、岡田美佳による作品群。手前は《プールが見える窓》(1993)
展示風景より、岡田美佳《おもてなし》(2002)
展示風景より、手前は岡田美佳《秋の陽射し》(2005)

編集部