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「チェン・フェイ 展|父と子」(ワタリウム美術館)開幕レポート。「父と子」から見えてくる「力」と「いまの自分」【2/3ページ】

 チェンはコロナ禍に早産で娘を授かり、その成長を見守り続けてきた。そうした体験を本展の出発点とし、この2年間は「父と子」というテーマに集中し、新作群を描き上げたという。「たんに“子供が大切”という話ではなく、子供の存在によって自分の世界の見え方が変わり、日常としての家族というテーマが、アーティストとしての技術や思考、さらには国家との向き合い方にまで影響を及ぼした。その変化が一つひとつの作品に丁寧に反映されているのが面白い」と和多利は述べる。

展示風景より、左は《生き物のドラマ》(2025)

 また、本展のもうひとつの起点には、ナチス時代のドイツで活動した風刺マンガ家E.O.プラウエン(1903〜1944)の名作『Vater und Sohn(父と子)』がある。このサイレント漫画は、親子の日常をユーモラスかつ温かく描きながらも、厳しい時代状況における表現の制約や政治的抑圧を背景に持ち、芸術家の葛藤を内包していた。チェンはこの作品との出会いを通じて、自身の内面にある個人的な感情と、時代・社会との関係性を重ね合わせるテーマとして「父と子」に取り組むことを決意したという。

E.O.プラウエン『Vater und Sohn(父と子)』中国語版

 「“父と子”という感情は、人類がもっとも共有しやすい普遍的な感情のひとつだと思います。最初はもっと複雑なテーマに取り組もうとも考えましたが、この美術館の空間には、より感覚的で、温度のあるテーマのほうがふさわしいと感じました」とチェンは語る。実際、本展の作品群には、夫婦や家族、友人との関係性といった私的なモチーフが描かれているいっぽうで、それらが権力構造や社会的ヒエラルキーの象徴としても読み取れるような、二重構造が巧みに仕掛けられている。

 例えば、エントランスに展示された《ある人々》(2025)という小品は、画家自身とその父親を描いたものである。背景に描かれた父の肖像は、中国における官僚や企業の管理職などを想起させる「行政写真」のような冷たく形式的なスタイルで表現されており、家父長制や国家が「無形の眼差し」として個人を監視する構造への鋭い批評が込められていると言える。チェンはこの作品について、「家族という個人的な物語を通じて、私たちを取り巻く見えない支配構造を暗示している」と語っている。

展示風景より、《ある人々》(2025)

編集部