日本では古来より詩歌においても桜は取り上げられてきた。第4章「詩歌・物語の桜」には、桜にゆかりのある和歌や歌人、物語を題材にした作品が並ぶ。
なかでも圧倒的な存在感を放つのが、守屋多々志の《聴花(式子内親王)》(1987)だ。本作は、後白河天皇の皇女で忠誠を代表する女流歌人・式子内親王の「はかなくて 過ぎにしかたを かぞふれば 花にもの思ふ 春ぞ経にける」に着想を得たもの。牛車から降り、満開の桜の下に佇む内親王の姿が描かれており、その表情がじつに強い印象を与える。

また古径の名作で、道明寺伝説を描いた全8図からなる《清姫》からは、クライマックスを飾る「入相桜」が展示。安珍と清姫の物語の最後を古径ならではの解釈で描いた名作だ。

終章「夜桜に魅せられて」では、近現代の画家が描いた夜桜に浸りたい。
菱田春草の《月四題のうち「春」》(1909-1910)は、満月と四季の花木を組み合わせた4幅対の作品。このうち、会場では春の山桜を描いた一点を見ることができる。外側をぼかして対象を白く浮き立たせる「外隈」の技法によって月を描くことで、朧月夜が見事に表現されている。桜の花も、墨の上に胡粉を乗せることで微妙な色合いがぼうっと浮かび上がる。

「桜」という同じ主題ではあるが、その表現はじつに様々だ。日本画家たちが愛でた桜の多様な姿を、美術館で堪能してほしい。