2023.3.14

山種美術館で堪能する、巨匠たちの富士と桜

富士山がユネスコの世界文化遺産に登録された2013年から今年で10年。この節目を記念し、東京・広尾の山種美術館が特別展「富士と桜」を開催中だ(所蔵先表記のない作品はすべて山種美術館所蔵)。

文=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より、冨田溪仙《嵐山の春》(1919頃)と横山大観《心神》(1952)
前へ
次へ

 日本を象徴する存在である「富士山」。2013年にはユネスコの世界文化遺産に登録された。この登録から10年となるのを記念し、東京・広尾の山種美術館で特別展「富士と桜─北斎の富士から土牛の桜まで─」が開催されている。会期は5月14日まで。

 日本において富士と桜が盛んに描かれるよったのは近代以降のこと。日本画家たちが「日本的なモチーフ」として求めたなかで、日本のシンボルである「富士と桜」が重要な位置を占めるようになっていった。本展の出品作品は、こうした日本画における「定番中の定番」の富士と桜を描いた約50点(前後期で展示替えあり)が、「富士山を描く」「桜を描く」という2章構成で紹介されている。

展示風景より、冨田溪仙《嵐山の春》(1919頃)

 第1章からは、葛飾北斎、歌川広重、横山大観、橋本関雪、安田靫彦、奥村土牛、伊東深水、小松均、松尾敏男などの作品が並ぶ。白眉は北斎だ。世界的に知られる《冨嶽三十六景》で描いた「山下白雨」(個人蔵、後期展示)や「凱風快晴」(通称「赤富士」、前期展示)に加え、北斎にとって富士山の集大成とも言える全3編の絵本富嶽百景』(個人蔵)が特別展示されている。

 富士を登る龍「登龍の不二」(前期展示)や火口壁の内側を一周する「お鉢めぐり」の様子を描いた「八堺廻の不二」(前期展示)、あるいは名作《神奈川沖浪裏》に通じる「海上の不二」(後期展示)など、富嶽百景』の多種多様な富士山を堪能したい。

展示風景より、葛飾北斎《冨嶽三十六景 凱風快晴》(1830頃、前期展示)
展示風景より、葛飾北斎 画『富嶽百景』(二編)のうち「登龍の不二」 (1835、墨摺絵本、浦上満氏蔵) ※当該頁は前期展示3月11日〜4月16日(会期中、頁替えあり)

 また、近代・現代の日本画からは、富士山だけで1500点を描いたともいう横山大観は見逃せないだろう。なかでも84歳のときの作品《心神》は別格だ。大観は「心神とは魂のことだが、私の富士観といったものも、つまりはこの言葉に言いつくされている」(「朝日新聞」1954年5月6日)と語っている。山種美術館が設立する際、大観から「美術館をつくるなら」という条件のもと購入が許されたという逸話もある。

展示風景より、左から横山大観《富士》(1935頃)、《霊峰不二》(1937)、《富士山》(1933)、

 このほか、小松均が富士山の麓に小屋を建て、そこに籠って描いたという燃えるような《赤富士図》、山元春挙が描いた慎ましい春の風景図《裾野の春》など、「富士山」という大きなテーマに挑んだ巨匠たちによる富士図の競演を楽しみたい。

展示風景より、左から川﨑春彦《霽るる》(1977)、《赤富士》(1979、個人蔵)、小松均《赤富士図》(1977)

 いっぽう桜の作品は、奥村土牛、橋本雅邦、渡辺省亭、横山大観、菱田春草、上村松園、松岡映丘、小茂田青樹、速水御舟、加山又造、千住博らが並ぶ。

 桜を描いた作品で欠かせないのは、山種美術館コレクションを代表する奥村土牛の《醍醐》だ。10年間にわたって構想された本作は、醍醐寺の桜を描いたもの。巨大な枝垂れ桜を大胆にトリミングした構図が大きな特徴と言える。ただ桜を描くのではなく、寺の塀も含めた心象風景までも写真のような視点で切り取った同作。山種美術館ではこの《醍醐》のモデルである醍醐寺の「太閤しだれ桜」を組織培養した「太閤千代しだれ」も見ることができるので、あわせて鑑賞してほしい。

展示風景より、奥村土牛《醍醐》(1972)

 このほかにも目を引く作品は多い。例えば、近年再評価の機運が高まる渡辺省亭の《御殿山観花図》は、女性の手前に桜の幹を描いた大胆な構図が面白い。また菱田春草の《桜下美人図》は菱川師宣の《見返り美人図》に着想を得た美人画だが、画面端に描き込まれた犬のように見える不思議な動物に注目だ。

展示風景より、渡辺省亭《御殿山観花図》(明治時代 19世紀、個人蔵)
展示風景より、左から菱田春草《桜下美人図》(1894)、上村松園《桜可里》(1926-29頃)、松岡映丘《春光春衣》(1917)

 単純に富士と桜と言っても、その描かれ方は時代によって様々だ。また日本画の「定番中の定番」だからこそ、画家たちはそれぞれの工夫を凝らし、作品を生み出してきた。桜の季節にふたつの画題をあたらめて堪能してはいかがだろうか。

展示風景より、速水御舟《あけぼの・春の宵》のうち「春の宵」(1934)