こうした外来生物としての金魚は、壁面に展示されている作品《堆肥国歌》(2024)とも呼応している。本作でレジンの中に固められている魚はブルーギルだ。60年代より食用として全国各地に放流されたブルーギルは、2005年に特定外来生物に指定。捕獲した場合はリリースまたは殺処分することが推奨されている。渡辺は釣った外来魚を捨てる外来魚回収ボックスからブルーギルを入手し、バクテリアによって分解させることでその形状を空洞化させて本作をつくりあげた。
このブルーギルを国内に持ち込んだのは当時の皇太子、現在の上皇であり、07年には自ら「心を痛めている」というコメントも発表していることが知られている。日本の象徴とされている天皇と、外来種でありながら日本の土地に還っていったブルーギルとのあいだにある複雑な関係を、本作から読み取ることもできるだろう。
なお、渡辺は《Sans room》の循環のひとつに、昭和天皇に関連する植物も組み込んでおり、渡辺の天皇という日本の伝統を象徴する存在への興味を、作品のいたるところから感じることができる。
こうした興味は、映像インスタレーションとして展開されている《射留魔川》(2024)にも反映されている。本作は最古の能とされる『翁』にインスピレーションを受けて渡辺と安田登、加藤眞悟、ドミニク・チェンが制作した新作能『射留魔川』の上演の映像を中心に、展示中の《Sans room》のサウンドがリアルタイムでミックスされる作品だ。
本作は埼玉の「射留魔川」であるという伝説にもとづいてつくられた。ふたつの太陽が昇り人々が困っていたところ、天子の命によって弓の名手が片方の魔の太陽を射落とし、それが三本足の鳥となったというこの伝説は「射留魔川=入間川」の語源になっているという説がある。天子の命や、ふたつの太陽、そして入間周辺にある渡来人の痕跡といった事物とも連関する本作は、日本という国のアイデンティティを考える作品でもある。
内部と外部という観点から、土地の歴史とアイデンティティとはどこから生まれるのか、という根源的な問いにたどり着く本展。多様な文脈をひとつの循環として、明瞭なかたちで提示する渡辺の手腕が光る展覧会といえるだろう。