東京・上野の東京都美術館で、自然に深く関わりながら制作を続ける現代作家5人を紹介する企画展「大地に耳をすます 気配と手ざわり」がスタートした。会期は10月9日。参加作家は、川村喜一、ふるさかはるか、ミロコマチコ、倉科光子、榎本裕一。
本展を担当した大橋菜都子(東京都美術館 学芸員)は、企画の発端について次のように語った。「東日本大震災やコロナ禍を経験し、大都市で暮らすことの利便性と脆弱性について考えを巡らせるようになった。都市で生活をしていると、自然の移ろいのみならず、その変化を感じ取る力すらも弱まってるように感じるときもある。このような個人的な感覚から、自然をテーマとした展示をこの東京にある美術館でどのように向きあい実施するべきかを考え、本展が実現するに至った」。
国内における様々な地域を拠点に、もしくは足を運びながら制作を行っている作家らは、各々がその土地の人や自然環境、生き物といったものと交感することで、そこから得た感覚やパワー、いままでになかった価値観などから影響を受け、作品に落とし込んでいる。
例えば、写真家・美術家の川村喜一(1990〜)は、出身の東京から知床へ移住し、現在もそこで生活をしながら制作を続けている。「都会に住んでいると自然やいのちの巡りについて知ることができない」ことに問題意識を抱き、肌感覚に基づいた制作を行うために移住することを決意したのだという。会場では、知床の自然や生き物、狩猟の様子、そして新たに家族となったアイヌ犬・ウパシとの暮らしが、そこに生きる生活者のまなざしを持ってとらえられている。いくつもの層で構成される展示空間や、アウトドア用品を用いた設営方法などにも注目してほしい。
ふるさかはるか(1976〜)は、木版画を自然と関わるための手段であるとして制作を行っている作家だ。北欧での滞在制作でサーミの人々と過ごした経験が制作の基盤となっており、会場ではサーミと青森の手仕事のことばを取材した3つのシリーズ「トナカイ山のドゥオッジ」「ことづての声」「ソマの舟」が紹介されている。
また、ふるさかは今回の新作では伐採から立ち会った木材を版木に使い、自身で育てた藍や自身で採取した土をも顔料として用いている。会場ではその制作プロセスを追った映像も見ることが可能だ。
画家・絵本作家のミロコマチコ(1981〜)は、東京にて11年間過ごしたのち、現在は奄美大島に移住し制作を続けている。展示作品の大部分は奄美の土地で制作されたもので、鮮烈な色彩と激しい動きがその雄大な自然を映し出しているようだ。また、展示室中央には、奄美大島をイメージしたという新作インスタレーションも登場。外壁に展示された絵本『みえないりゅう』の原画もあわせて、奄美の大きな自然のうねり、そして共鳴を感じ取ることができるだろう。
東日本大震災による浸水域の植生変化を取材し、描いたシリーズ「tsunami plants」を手がけているのが倉科光子(1961〜)だ。会場には、岩手、福島、宮城の浸水域を取材した作品など、17点が並んでいる。作品タイトルには、その土地の緯度経度が記されているが、これについて倉科は「その場所が本当にあることを示しつつ、そこにその植物があったことを示す手がかりを残している」と語った。
また、制作中の作品も展示されている。これは宮城県仙台市のとある住宅地で育てられていたフジの木が、更地になった地面を這いながら白い花や葉っぱをつけている様子を描いたものだ。倉科によると、つる性を持ち通常下に垂れる形で花を咲かせる藤の花が地面で咲くことは稀だという。作品の途中経過を見ることができるのも貴重な機会であるため、ぜひこちらの作品にも注目してみてほしい。
東京都出身の榎本裕一(1974〜)は、活動拠点のひとつである北海道根室市の寒冷な環境から、新作「結氷」シリーズを発表している。インクジェットプリントが施された分厚いアルミパネルは、根室の分厚い氷から着想を得たものだという。シリーズから10点の作品が並べ比較することで、自然のなかで生み出された様々な雪の表情に気がつくことができるだろう。
なお、会期中には作家によるトークイベントや、学生向けかつ乳幼児をお連れの保護者のための無料開室などの企画も実施される予定だ。詳細は展覧会イベントページをチェックしてほしい。