「デ・キリコ展」(東京都美術館)開幕レポート。シュルレアリスムだけではないその多面性を知る
20世紀を代表する巨匠、ジョルジョ・デ・キリコの10年ぶりとなる大規模回顧展「デ・キリコ展」が東京都美術館で開幕した。会期は8月29日まで。
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20世紀を代表する巨匠、ジョルジョ・デ・キリコ(1888〜1978)の大回顧展「デ・キリコ展」が東京都美術館で開幕した。会期は8月29日まで。担当は同館学芸員の髙城靖之。9月14日〜12月8日には神戸市立博物館にも巡回する予定となっている。
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デ・キリコは1888年ギリシャ・ヴォロス生まれ。ミュンヘン滞在時代にニーチェの哲学やベックリンの作品から影響を受け、「形而上絵画」と名づけた作品群を生み出してシュルレアリストたちに衝撃を与えた。代表的なモチーフである「マヌカン(マネキン)」や、哲学的な主題の採用、古典絵画の研究などを繰り返しながら、生涯にわたって制作を続けた。
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本展はデ・キリコの活動の全貌に全5章と3つのトピックによって迫る、日本では10年ぶりとなる大規模回顧展だ。
デ・キリコは、その生涯をヨーロッパ各地ならびにニューヨークを転居しながら制作を行った。周囲の環境や人物からの影響を作品に反映しながら自身の表現を深めていったデ・キリコを知るためにも、本展はぜひ各時代のデ・キリコがどこで制作をしていたのかを意識しながら見てもらいたい。
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第1章「自画像・肖像画」では、デ・キリコが生涯にわたって何百枚も描いた自画像の変遷を見ることで、各時代における画家の姿勢を探る。
デ・キリコの画家としての本格的なキャリアは、生まれ故郷のギリシャを離れて入学したミュンヘンの美術学校を1906年に中退し、09年に母親と弟が住んでいたイタリア・ミラノへ居を移した頃に始まる。この頃のデ・キリコは象徴主義の画家、アルベルト・ベックリンの影響を受けており、のちに「ベックリンの時代」と呼ばれるようになるが、本章ではこの時代に自身の弟を描いた貴重な肖像画《弟の肖像》(1910)を見ることができる。
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その後、1910年の後半にかけて思想や批評、古典絵画などを参照しながら「形而上絵画」を確立し、シュルレアリスムと呼応。この時代に描かれた自画像・肖像画は数少なかったが、その後、前衛への反動としての絵画運動「秩序への回帰」に応答しながら、伝統的な主題に取り組み、再び自画像・肖像画を生み出すようになる。
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1925年以降のギリシャ美術の神話的性格に影響を受けた時代、1940年代の19世紀フランス絵画から着想を得た時代、そして第二次世界大戦後に17世紀風の絵画を研究した時代など、デ・キリコの表現はつねに飽くなき探求と思考によって変化し続けた。本章はデ・キリコの自画像・肖像画という伝統的な主題の作品に焦点を当てることで、デ・キリコの制作に多様な側面があったことを印象づける章といえるだろう。
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第2章「形而上絵画」は「イタリア広場」「形而上的室内」「マヌカン」の3つのテーマで構成されている。なお、本章では各時代の作品を展示するのみならず、デ・キリコが「再制作」によって過去の主題を描き直した、晩年にかけての作品群も紹介されている。
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デ・キリコは1910年、フィレンツェのサンタ・クローチェ広場で「不思議な感覚」を体験することで、最初の形而上絵画を発想。遠近法は歪んで変容し、塔や建物、彫像が佇む広場が非現実的な空間と化した作品を生み出した。11年にパリに移り住むと、こうした形而上絵画はパリ・アヴァンギャルドの旗手であったギヨーム・アポリネールらに評価されるようになる。
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「形而上的室内」では、1914年に第一次世界大戦が勃発し、翌年に兵士としてイタリア・フェラーラに戻ったのちの作品を紹介。謎めいた主題を描いたパリ時代とは異なり、フェラーラでのデ・キリコは地方都市のショーウィンドウに置かれるような、ありふれたものを記号的に配するようになった。
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そして「マヌカン」では、デ・キリコを象徴するモチーフであるマヌカン(マネキン)が描かれた絵画を紹介。《形而上的ミューズたち》(1918)、《不安を与えるミューズたち》(1950頃)、《ヘクトルとアンドロマケ》(1924)といった20世紀の絵画史に残る作品が展示されている。
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第3章「1920年代の展開」は、デ・キリコがシュルレアリストたちと袂を分かち、これまでの形而上的モチーフを引き継ぎながらも、新たな表現に挑んだ時代を紹介。
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続く第4章「伝統的な絵画への回帰『秩序への回帰』から『ネオ・バロック』へ」では、伝統的な技法の研究を続けたデ・キリコが、その成果を作品へと反映していった過程を見ることができる。ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841〜1919)、ウジェーヌ・ドラクロワ(1798〜1863)、ギュスターヴ・クールベ(1819〜1877)といった画家たちからの影響がどのように投影されたのかを探りながら見てもらいたい。
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最後となる第5章「新形而上絵画」は、デ・キリコが最晩年となる1960年代後半以降の流れを追う。この時期、デ・キリコはそれまでに描いた様々な作品を自由に組み合わせ、また変容させることで、これまでとは異なる独特の様式をつくりだした。「新形而上絵画」と呼ばれる、これらの自伝的な再生産が何を生み出したのか、会場でじっくりと対峙しながら考えてみてはいかがだろうか。
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本展は各章の合間に設けられた3つのトピックも興味深い。「挿絵─〈神秘的な水浴〉」ではジャン・コクトーをはじめとした本の挿絵のための版画作品を、「彫刻」では「柔らかさ」を求めた彫刻制作を、「舞台芸術」はデ・キリコが手がけたバレエの実衣装などを紹介している。
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独創的な表現者でありながらも、過去の絵画の歴史に技法からアプローチし、さらに再制作という自己模倣も繰り返したデ・キリコ。20世紀のアヴァンギャルド全盛の時代の寵児としてのみならず、現代美術にも通じる道を切り開いていたことを知ることができる展覧会となっている。