東京・渋谷の東京都渋谷公園通りギャラリーで「⽇常アップデート」が開幕した。会期は9月1日まで。
非日常であるコロナ禍においては、様々なところで「日常」について意見が交わされ、またそれをテーマとした多くの美術作品も制作された。しかし、5類感染症への移行から1年を経たいまでは、それが遠い過去のようにも感じられる。いっぽうで、今年1月に起きた能登半島地震、あるいは日々ニュースで目にするウクライナやパレスチナの戦乱などを見ると、改めて当たり前に思える「日常」は、極めて不安定なものであると感じることも多い。
本展はこうした「日常」を様々な視点から喚起させる、飯川雄大、関口忠司、土谷紘加、原田郁、宮田篤、ユ・ソラの6名が参加した展覧会となっている。
展示室1では、飯川、ユ、原田、土谷の作品を展示している。まず目につくのは、誰かの忘れ物であるかのように放置された、複数のキャリーカートに取り付けられたバッグだろう。これは飯川の作品《デコレータークラブ─新しい観客》(2024)だ。
本作はこのバッグを観客の手で運ぶ、という行為そのものが作品になっているものだ。実際にバッグを持ってみると想像以上に重く、持ち運びが大変であることがわかるが、観客はスタッフからの説明を聞き借用書を書いたうえで、このバッグを世田谷・三宿のCAPSULE、高松市美術館、鳥取県立博物館などに運ぶことができる。展示室の外にある日常を経てた本作は、別の展示空間で異なる意味を持つことになるだろう。
ほかにも本展では飯川による様々な仕掛けが用意されている。例えば、展示室の壁面の穴からはピンク色のヒモが出ており、来場者はこれを自由に引っ張ることができる。あるいは回転式のレバーも同様に、自由に回すことができる。これらはいずれもギャラリーの外に向かって何かしらの変化をもたらす機能を持っているが、作業者はその変化をすぐには認知できない。自分の預かり知らぬところで、日々様々な事象が起こり続けている、日常の多重性を感じられる本作はぜひ現地で体感してほしい。
ユは、刺繍によって日常にある風景をそのまま切り出していく作家だ。展示室には日常の一コマを切り取ったかのような白いソファーやテーブルなどによって構成されたインスタレーションが現れている。ひとつ一つが丁寧に糸で縫われながらも、ところどころでその糸はほつれて精緻なフォルムを逸脱させている。
壁面の作品もキャンバスのように布を平面的に貼った刺繍作品だが、こちらもモチーフとなっているのは机の上の様子やリモコンといった、普段何気なく人々が手にしているものだ。こうした取り留めのないものの輪郭だけがあらわになることは、日常のディティールも浮かび上がらせる。なお、本展のためにユは手で触れられるティッシュ箱や照明のスイッチなども制作し展示室2に設置。会場で日常の手触りをたしかめてはいかがだろうか。
原田は、展示室2で展開されている映像作品《「Innner space」update 2024.06》(2024)と呼応するようなキャンバスやプリント作品を展示室1展示している。映像作品は、日々の様々な苦悩とは無縁の「ユートピア」をコンピューター内につくりあげたものだ。原田はさらにこの作品内の風景を、窓から見える景色として作品に描いていく。映像作品を見たあとに展示室の絵画を見れば、そのパラレルな関係性から日常のなかの安息を探すことできる。
さらに、本展では来場者が描いた窓から見た風景を、原田の映像作品内のギャラリーに展示するという試みも行われる。原田の考える「ユートピア」に参加できる貴重な機会だ。
土谷は日々アイロンビーズを使った作品を1日に数個ずつつくり続けている作家だ。日々生み出されるそれらの作品の色や構成は、すべて作家のそのときその瞬間の感覚で決まっているという。展示されている作品はどれも異なる表情をもっており、繰り返しに見える日々のなかにある、気分や思いの変化が見えてくるようだ。
宮田の作品は、同ギャラリーの公園通りに面した「交流スペース」を「びぶんブックセンター」と名づけて展開されている。宮田は「どこかのだれかがだれかと書いた本のようなもの」として「微分帖」というプロジェクトを展開し続けている。これは1人目の書いた文章のページを見ながら、2人目が文がつながるように文を考えページを差し込む、といったかたちで制作される冊子だ。
本展ではこれまで宮田が共同制作してきた「微分帖」を読むことができるほか、来場者もこの「微分帖」を見知らぬ誰かととともに共作することができる。また、この展示空間には、日常で耳にした言葉やテレビの音声などを筆で日々書き連ねていた関口の作品も展示。言葉によって切り取った日々の瞬間を垣間見ることができる。
「日常」をキーワードに様々な作家による多彩な視点を感じることができる本展。ぜひ、自身の「日常」が何によって構成されているのかを考えながら、作家たちの思考を楽しんでもらいたい。