東京・渋谷の東京都渋谷公園通りギャラリーで、モノクロームの限られた色の中で描かれた作品に着目した展覧会「モノクローム 描くこと」が開催されている。会期は9月24日まで。
本展の出展作家は岡元俊雄、高橋和彦、たぬきだshin、西岡弘治、平瀬敏裕、堀口好輝、吉川敏明の7名。いずれも、これまで様々な展覧会への出展歴を持ち、高い評価を得てきた作家たちだ。なかには豊かな色彩の作品で知られる作家もいるが、本展ではあえてモノクロームというテーマに沿った作品を集め展示している。
本展のコンセプトについて、担当学芸員の門あすかは次のように語る。「色数の少ないモノクロームの作品に絞ることで、作品の持つ描画力や造形力がより際立つようになり、それぞれの作家性をより意識できる展示となっている。作品のディテールが前面に出たことで、作家自身の作風の遍歴についてもより見通せるようになった。各作家、できるだけ幅広い制作年にわたって作品を選んだので、年月を経ることで変化した作風や技工にも注目してほしい」。
出展作家を一人ずつ見ていきたい。岡元俊雄は1978年滋賀県生まれ。やまなみ工房(滋賀県)に所属し、墨汁と先を尖らせた1本の割り箸によって作品を制作している。
岡元の作品はダイナミックに人物の顔を描いた作品が印象的だが、ここでは初期のトラックを描いた作品にも注目したい。岡元が制作に取り組むきっかけとなったのは、車の中から見ていたトラックを描くことだったという。作品を見れば、様々な角度から見たトラックの姿が、床下や荷室の扉など、細かいところにいたるまで豊かなディテールによって写実されていることがわかる。
こうした初期作品からの連続としてとらえると、感性の赴くままに描かれているかのように思える人物画も、岡元の写実的な観察眼によってとらえられたモチーフのディテールが全面に出ている可能性が高いことがわかる。実際に作品を前にすると圧倒される、その幾層にも重ねられた墨汁の深みは、対象を取りこぼすことなく描き出そうとする岡元の卓越した観察眼に依るものなのかもしれない。
高橋和彦(1941〜2018)は、盛岡杉生(さんせい)園(岩手県)の創作クラブをきっかけに58歳のときに初めて絵を描いたという作家で、高い密度のペン画を数多く残し、国際的にも高く評価されている。
本や写真、実際に見た風景などの記憶をもとに作品を制作した高橋は、カラー作品も多いが、本展ではモノクロの作品のみが集められ、人物一人ひとりの仔細な描写がより伝わってくる。門は、平面と立体が交錯するそのダイナミックな画面構成に注目してほしいと語る。「描きこむことによって生まれる迫力ある線のうねりや、部分ごとに異なる立体感を持つコラージュ的な観点など、ずっと見ていても見飽きない奥深さがあります。また、群衆のなかにこちらを見ている人が突然現れるなど、高橋氏らしいユーモアも楽しいです」。
たぬきだshinは1999年兵庫県生まれで、中学3年生のときに針金を素材とした立体作品の造形を始めた。会場に展示された帆船の立体作品は、制作を始めたころの作品とのことだが、必要最低限の針金によって立体的な帆船の形状を余すことなく表現しており、その高い造形性が伝わってくる。
たぬきだshinは、やがてその造形に磨きをかけていく。とくにファンタジー小説に登場するような架空の生物たちの立体作品は作家の真骨頂と言えるだろう。羽の映えた《蛇龍》や、槍をかまえた《リザードマン》など、そのどこから見ても破綻のない、いまにも動き出しそうな造形を堪能したい。グレーの什器のうえに落ちる作品の影も、その躍動を盛り上げている。
西岡弘治は1970年大阪府生まれで、2005年に開設されたアトリエコーナス(大阪府)の初期メンバーとして創作活動を開始した作家だ。西岡がおもに描画するモチーフは、自身が気に入っている楽譜だ。幼いころよりクラシックに親しんでいたという西岡は、施設にピアノと楽譜が寄贈されて以来、楽譜をモチーフに豊かな描線で描いてきた。
まるで楽曲のメロディを表現するかのように躍動する曲線に目を奪われるが、この曲線をよく見れば、ひと筆で思いのままに描いたのではなく幾重にも線を重ねてフォルムを調整しつつ制作していることがわかる。あまり知られてこなかった墨汁による作品も展示されており、楽譜というモチーフにとらわれてしまうと見逃しそうになる、フォルムへのこだわりが見えてくることも本展の見どころのひとつだ。
平瀬敏裕は1971年北海道生まれ。あかとき学園(北海道)に在籍する平瀬の創作は、ノートの片隅に8つの✕印を描いたことから始まったという。定規を添えながら書き連ねた無数の✕印の集まりは面を構成し、そのユニットの連なりがまた画面上にいくつものニュアンスを出現させている。
平瀬の✕印は、近年にかけてその形体が変化しており、より崩した形状になったことでテクスチャに変化が生じている。こうした画風の変遷を見比べることができるのも本展の楽しみとなっている。門は平瀬の作品について「描く過程で生まれるインクのかすれや、ペンを往復させることで生まれる濃淡にも注目してほしい」と語る。ぜひ、その線の蓄積を会場で作品に近づいてご覧いただきたい。
吉川敏明(1947〜1987)は京都の障害者支援施設・みずのきで活動した作家だ。木炭を塗り込めることで生まれる豊かな表現の作品群は、国内外で高く評価されてきた。本展では6点の作品が展示され、圧倒的な迫力を提示している。
門によると、吉川は作品を描く過程で修正や手直しをしなかったという。通常の美術教育を経ていると、木炭という画材を使うときは細かい修正を重ねるものというイメージが強くなってしまうが、吉川は木炭という素材だけにひたすら向き合い、黒の豊かさを極限まで引き出している。繰り返し描いたモチーフである玉ねぎやひょうたんも、上下左右どこから見たものかにわかには判別しがたい。しかしながら、そこにあるものの存在は黒一色ながらも豊かな表情をもって伝わってくる。絵画の持つ表現の豊かさの一端を感じることができるだろう。
堀口好輝は1978年京都府生まれ。版となるプレートを直接削って描くドライポイントによって、モチーフをふくよかで愛らしいキャラクターのような存在として浮かび上がらせる作家だ。
堀口の作品について、門は「刷りによるニュアンスの違いにも着目してほしい」と語る。堀口の作品の刷りは施設職員の手によって行われ、堀口の創作の痕跡を最大限引き立たせるように細心の注意をもって行われている。それぞれの職員が堀口の創作の魅力をどのように見出し版画にしたのか、その差異も作品のおもしろさとなっている。
あえてモノクロームという基軸を用いることで、作家の持つ表現力や興味の方向がより明確に映し出されている本展。作品の持つ表情の機微やテクスチャの複雑さなど、会場でなければ体感できない要素も多い。この夏、本展に足を運んで、人が何かをつくるという欲求の在り処を、作品を見ることに没頭しながら考えてみてはいかがだろうか。