作家、編集者、写真家である都築響一と「下町レトロに首っ丈の会」をゲストキュレーターに迎えて「おかんアート」を紹介する展覧会「Museum of Mom's Art ニッポン国おかんアート村」が、東京都渋谷公園通りギャラリーで開幕した。会期は4月10日まで。
本展覧会で取り上げられる「おかんアート」とは、「おかん」がつくっているような、どこの家にでもある、身近な素材でつくられた手づくりの作品を指す言葉だ。とくに本展では「おかん」を関西地方の方言における「母」という意味に限定せず、広く性別を越えて「おかん」的感覚を持ったつくり手による作品を紹介している。
都築の解説によれば、 「おかんアート」という言葉は00年代初頭にインターネット掲示板の「2ちゃんねる」で立ったスレッドのタイトルに使われたのが初期に確認できる例だという。この「おかんアート」に都築が興味を持ったのは、90年代の終わりから00年代にかけてのこと。当時、珍スポットをめぐっていた都築は、立ち寄った道の駅で売られている地元の「おかん」たちがつくった手づくり手芸に出会い、やがて全国で同様のものがつくられていることに気がついた。その後、本展で都築と共同でキュレーションを行った「下町レトロに首っ丈の会」とともに、神戸の下町の「おかん」を尋ね歩くなかで、彼女たちがつくっている「おかんアート」への興味がより強くなったそうだ。
都築は「おかんアート」を「見たことがないもの」ではなく「どこかで見たことがあるもの」だと語る。今回の展示では「下町レトロに首っ丈の会」の協力のもとで集めた1000点を超える作品を中心に見せることで「はじめての驚きではなく、既視感を含めたシンパシーを与えられるような展覧会」を目指したという。
エントランスを入ってすぐの展示室では、円柱状に「おかんアート」が並べられた「おかんアートタワー」が来場者を迎える。この部屋では「おかんアート」の持つ「抜け感」や、一点一点を仔細に見ていると湧き上がってくるインパクトなど、「おかんアート」の持つ魅力がプレゼンテーションルームのように表現されている。
都築はアートの世界のヒエラルキーに触れながら、「おかんアート」はアートのなかのマジョリティだと語る。「おかんアーティスト」は全国に無数に存在し、少数の美術を専門とするファインアートの作家と比較しても、数からすれば圧倒的に多い。日本でもっともつくられているアートなのにも関わらず、アートの文脈からは無視されてきた「おかんアート」を、展覧会の俎上に載せることで、新たな視点を与えることを目指したという。
奥の展示室では、より深く具体的に「おかんアート」のバリエーションが紹介される。所狭しと展示室に並べられた「おかんアート」の数々は圧巻だ。「おかんアート」は多くの場合、日本の広くはない住宅の居間や台所でつくられており、またトイレや玄関といったスペースに飾ることを目的とする。そのため小ぶりのものが多い。
また、身の回りにある素材が有効活用されることも特徴だ。軍手、ガムテープの芯、麻ひも、毛糸のあまり、新聞紙や広告、菓子箱、食べ終わった味噌汁の貝殻など、その素材は多岐にわたる。いずれも特別な加工はせず、ボンドやグルーガンで簡易的に接着されることも多い。いらないものは捨てるのではなくとっておいて作品づくりに活用するという「断捨離」とは正反対の発想がそこにはあると都築は語る。
加えて、実用を兼ねるものが多いのも一般的なアートと「おかんアート」との違いだという。老眼鏡を置く、トイレットペーパーを入れる、スリッパや手拭きになる、人形に着せるなど、そこには生活のなかにあるからこその機能が見られる。
さらに都築は「おかんアート」のもうひとつの特徴として、全国どこでも一定の統一されたフォーマットを持っていることを挙げる。「おかんアート」は流通している手芸キットから始まることが多く、全国でも統一化された様式をもっており、固有の土地性はあまり見られないという。しかしながら、同一のフォーマットのなかにおいても、つくり手個人による差異が発生するところにおもしろさが宿る。
さらに本展では特別展示「おかん宇宙のはぐれ星」として、荻野ユキ子、嶋暎子、野村知広の3人の「おかんアーティスト」をピックアップ。「おかんアート」に限りなく近くありながらも、独自の表現を展開する表現者として紹介する。
1934年生まれの荻野は、名画座・早稲田松竹で長年清掃員として働いてきた。勤務をするなかで荻野は、殺風景だったトイレの棚に飾るオブジェを作成し始める。食品トレイや菓子箱、おまけといった廃材を使ってつくりあげた独特の小さな箱庭は、やがて劇場を訪れる人のなかにファンを生み出していった。現在は施設に入居する荻野だが、往時の劇場の顔となっていた作品群を楽しみたい。
嶋は1943年生まれで、昨年10月の世田谷美術館分館での新聞紙バックの展示でも話題を集めたつくり手だ。新聞の写真や広告を表面にするなど、ビジュアル的な面を意識したバッグ群もさることながら、見るものに強いインパクトを与えるのが巨大なコラージュ作品だ。キャンバスに無数の広告チラシの切り抜きを貼ることでつくられたこの平面作品は、家族が寝た家で粛々と制作が進められていったという。これほどの大作が人知れずつくられていたことは驚異的といえるだろう。
1972年生まれの野村は、大阪の障害者支援施設に入居している。広告チラシを丹念に折ってつくるチラシ箱は、実用的であるために作品として扱われてこなかった。しかし、ある職員がその折り目や束の美しさに気がついて紹介を始めてからは、広く人々に知られ評価されることになったという。日々大量に生み出されるその作品は、丹念に手でつくる過程がありありと刻み込まれている。
美術の文脈に位置づけられずとも、「おかん」たちの日々の暮らしのなかでつくられてきた「おかんアート」。その作品からは生活のなかのささやかな楽しみの愛おしさとともに、暮らしをかたちづくってきた社会の断片も感じ取ることができるだろう。