2024.3.9

「カール・アンドレ 彫刻と詩、その間」(DIC川村記念美術館)開幕レポート。彫刻と詩から読み取る「空間」への意識

DIC川村記念美術館で、彫刻家カール・アンドレの国内美術館における初となる個展「カール・アンドレ 彫刻と詩、その間」がスタートした。会期は6月30日まで。

文・撮影=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、手前はカール・アンドレ《メリーマウント》(1980)
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 千葉・佐倉のDIC川村記念美術館で、彫刻家カール・アンドレ(1935~2024)の国内美術館において初となる個展「カール・アンドレ 彫刻と詩、その間」がスタートした。会期は6月30日まで。担当学芸員は杉浦花奈子(DIC川村記念美術館学芸員)。 

 ミニマル・アートを代表する作家のひとりであるアンドレは、アメリカ・マサチューセッツ州の工業都市クインシーに生まれた。詩を共通の趣味とする両親のもとで育ち、文学や美術への関心から自身も創作活動をスタートさせる。初期作品は、コンスタンティン・ブランクーシに影響を受けた木彫を制作しているが、やがて「場としての彫刻」という独自の概念を打ち立て、できるだけ素材に手を加えない表現方法を確立していった。残念ながら、本展開幕前の1月24日に88歳でこの世を去ることとなった。

 本展は、カール・アンドレの創作活動を「彫刻」と「詩」、そしてそれらが織りなす「空間」にも焦点を当てながら紹介するものだ。会場構成は「彫刻」「詩」の大きくふたつに分かれており、鑑賞者はこれらの展示室を行き来しながら、アンドレが重視した「空間」へと意識を向けることができるだろう。

展示風景より

 アンドレによる詩の音読に誘われるように最初の展示室に足を踏み入れる。すると、仕切りのない空間に、もはや素材そのものとも思える物質的な彫刻が点在している風景を目の当たりにするだろう。

 アンドレの制作スタイルには、素材にできるだけ手を加えず、立方体や直方体などの同じ大きさのユニットを並べる、といった60年代より確立されてきたものがある。「場としての彫刻」の意識が備わったこれらの作品により、私たちの生活空間と作品の境界が曖昧となっている点も、アンドレ作品の特徴とも言えるだろう。

 作品サイズは、アンドレ自身が持ち運べるかどうかで決められており、現地で調達している素材についても、混じり気のない金属や無垢の木材、切りっぱなしの石など、純粋なものを用いることにこだわっているのだという。

展示風景より、カール・アンドレ《フェロックス》(1982)。本展では、一部作品の上を歩くことができるものがある。素材の違いを足の裏で感じたり、並べられたプレート同士がぶつかり軋む音などにも耳を傾けてみてほしい
展示風景より、手前から《アルミニウムのカーディナル第11番》(1978)、後ろは
《上昇》(2011)

 アンドレといえば彫刻家としてよく知られる人物であるが、彫刻家としてデビューする以前は、詩人としての活動が評価されていた。実際アンドレは生涯のうちに2000編以上もの詩を書いており、タイプライターで打ち込まれたコンクリート・ポエトリーの数々からは、文字と余白による視覚表現の実験が行われていることがわかる。もうひとつの展示室には、そんなアンドレによる「ユカタン」シリーズや、7冊の事務用バインダーに綴じられた「セブン・ブックス」シリーズから厳選された「詩」の作品が紹介されている。

 これらの彫刻と詩の関係性について学芸員の杉浦に尋ねると、「アンドレ作品特有の断片的な様相やその空間の表現が、二次元にあるのか三次元にあるのかという観点にある」と見解を語ってくれた。

展示風景より、カール・アンドレ「ユカタン」(1972 / 1975)
展示風景より。展示什器はアンドレが自身でデザインしたものを本展にあわせてリサイズして制作されている

 さらに会場には、アンドレが大型彫刻を引退した2010年代後半に制作された「小さな彫刻」も8点展示されるほか、自身が生まれ育った故郷クインシーを写した写真集『クインシー・ブック』も紹介されている。工業都市らしい無骨な風景は、アンドレの制作スタイルにも少なからず影響を与えていたのではないだろうか。

展示風景より、カール・アンドレによる「小さな彫刻」8点
展示風景より、カール・アンドレ『クインシー・ブック』

 開幕にあたり、アンドレのパートナーであり、自身もアーティストであるメリッサ・クレッチマーは、その人物像について次のように語った。「アンドレは現物主義で、世界中の様々な場所で制作を行ってきた。実際スタジオを持っておらず、『世界が私のスタジオだ』とよく話していた。晩年彼は自宅で小さな彫刻をたくさん制作した。それは、大きな彫刻のマケットではなく、それ自体が作品そのもの。彼のスケール感覚は素晴らしいものだ。やがて我が家の床や机の上は、“小さなカール・アンドレ” でいっぱいになっていった」。