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大切なのは「目を開くこと」。「ジョセフ・アルバースの授業 色と素材の実験室」で教育者としてのアルバースを知る

ジョセフ・アルバースの作品や授業風景、学生らの制作物を紹介し、アルバースの制作者、そして教師という両側面に迫る展覧会「ジョセフ・アルバースの授業 色と素材の実験室」が千葉・佐倉のDIC川村記念美術館でスタートした。

文・撮影=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、「2章 ブラックマウンテン・カレッジ―芸術と生(1933–1949)」 © The Josef and Anni Albers Foundation

 画家、デザイナー、美術教師としても知られているジョセフ・アルバース(1888~1976)。その作品や授業風景、学生らの制作物を紹介し、アルバースの制作者、そして教師という両側面に迫る展覧会「ジョセフ・アルバースの授業 色と素材の実験室」が千葉・佐倉のDIC川村記念美術館でスタートした。担当学芸員は亀山裕亮(DIC川村記念美術館学芸員)。

 ドイツで生まれたアルバースは、造形学校バウハウスで学び、のちに同校の教師として基礎教育を担当した。1933年に同校が閉鎖されると渡米し、ブラックマウンテン・カレッジや、イェール大学に勤務。戦後アメリカの重要な芸術家たちの育成に尽力した。

 アルバースが学びにおいて重要視したのは、「目を開くこと(見ているものの特性をより深く追求する)」ことだ。本展では全4章にわたり、アルバースの研究作品や学生の作品約100点を時系列順に展示。それらを通じて、素材や色彩、造形への探究の変遷や新たな可能性として発見された事例を紹介している。

展示風景より、「1章 バウハウス―素材の経済性(1920-1933)」 © The Josef and Anni Albers Foundation

 1章では、バウハウス時代のアルバースの取り組みが紹介されている。それまで小学校で教師として働いていたアルバースは、30代で学生としてバウハウスに入学。その後は同校において教鞭を取ることとなる。

 アルバースが担当していたのは造形の基礎演習、そのなかでもとりわけ重視していたのは素材の扱い方であった。加工をするにあたって素材の特性を正しく理解することで、少ない労力で最大の成果が得られる、つまり「素材の経済性」を大切にしていたという。

 また、アルバースの課題でもよく知られているのは、1枚の紙を用いた演習だ。紙の特性を理解し、紙だからこそできる表現について試行錯誤することを目的としている。このような考え方を応用し、アルバースは家具や食器などのプロダクトの制作も手がけていた。

展示風景より、左から《紙による素材演習(アリー・シャロン作)》(1927 / 2019再制作)、《紙による素材演習》(2023再制作)、《紙による素材演習》(2019再制作) © The Josef and Anni Albers Foundation
展示風景より、《紙による構成「ダブルドームの骨格, 紙を無駄なく切る [水谷武彦の図面に基づく]》 © The Josef and Anni Albers Foundation

 本展では、アルバースがバウハウスの学生だった頃に制作された作品も展示されている。とりわけガラスという素材に関心を抱いていたアルバースは、当時貧乏であったこともあり、ヴァイマールの街で拾った瓶の底を作品として再構成した。会場では、艶のあるガラスの質感と立体感が特徴の《破片の入ったグリッド絵画》を見ることができる。

展示風景より、手前は《破片の入ったグリッド絵画》(1921頃) © The Josef and Anni Albers Foundation

 1933年にナチスの圧力によりバウハウスが閉校となると、アルバースはノースカロライナ州にあるリベラルアーツ教育を目指すブラックマウンテン・カレッジに招聘され渡米。同校を退任する49年までの15年間、新たに抽象絵画に取り組むなど、アルバースを語るうえで重要な時期が2章では紹介されている。

展示風景より、「2章 ブラックマウンテン・カレッジ―芸術と生(1933–1949)」 © The Josef and Anni Albers Foundation

 この頃アルバースは、新たな環境において、いままで培ってきた基礎教育が生きていくうえでどう役立つのかを考え始めたという。そのひとつの答えとして、日常的なものをよく観察し「新たな視点でとらえること」「いままでにない素材同士の組み合わせを考えること」を学生に投げかけた。

 その考えのもと、アルバースが実践してみせたのは「リーフ・スタディ Ⅰ」だ。木の葉と色紙を使用し、その色合いと質感を追求し構成するというもので、実際に授業の課題として学生らも取り組んでいたという。

展示風景より、手前は「リーフ・スタディ Ⅰ」(1940頃) © The Josef and Anni Albers Foundation

 ほかにも、アルバースによる《テナユカ Ⅰ》は、ひとつの図像のなかで左半分が平面に、右半分が立体的に見えるのが不思議な作品だ。線の角度を試行錯誤することで生み出されたこのねじれの図は、5年もの時間をかけて制作された。

展示風景より、《テナユカ Ⅰ》(1942) © The Josef and Anni Albers Foundation
展示風景より、《テナユカ》のための習作(1942〜43) © The Josef and Anni Albers Foundation

 3章ではイェール大学以降のアルバースの活動を取り上げている。1950年にコネチカット州のイェール大学からデザイン学科長に任じられたアルバースは、主に「色彩」に関する取り組みを実践していった。

展示風景より、手前から《色彩演習 [加法混色と減法混色](J・クレメント作)》(1951〜63)、《色彩演習》(1958〜60頃) © The Josef and Anni Albers Foundation

 アルバースの代表的な取り組みである「正方形讃歌」は、正方形による決まったフォーマットに色彩を配置したシリーズ作品で、色彩同士の相互関係によって生まれる様々な効果を実験的に追求したものだ。本章では、これらの作品と学生らによる作品をあわせて展示することで、アルバースの色彩への取り組みを再考するものとなっている。

展示風景より、左から《正方形讃歌:持たれた》(1959)、《正方形讃歌のための習作:秋の光》(1958)、《正方形讃歌》(1957〜60) © The Josef and Anni Albers Foundation
展示風景より、「3章 イェール大学以後―色彩の探究(1950–)」 © The Josef and Anni Albers Foundation

 また、アルバースの学生らに話を聞いたインタビュー映像もあわせて上映されており、アルバースの人物像や学生らに与えた影響を客観的に知ることができるだろう。

展示風景より © The Josef and Anni Albers Foundation

 4章では、アルバースが1972年に刊行した活動の集大成とも言える版画集『フォーミュレーション:アーティキュレーション』での取り組みを15点紹介している。各作品には、アルバースのテキストが添えられており、そこからは造形に対する思考、そして色彩への探求が読み取れることだろう。

展示風景より、『フォーミュレーション:アーティキュレーション』第Ⅰ集の1《階段》(1972) © The Josef and Anni Albers Foundation

 そして、同館展覧会において初めての取り組みとなるのが、ワークショップ・スペースの開設だ。会期中は、アルバースの授業でも実践されてきた色彩や造形に対する試行錯誤を、実際に手を動かしながら体験することが可能となる。展覧会鑑賞後は、ぜひ自身の手によって素材や色、造形に対する理解を深めてみてほしい。

展示風景より、 © The Josef and Anni Albers Foundation
展示風景より、 © The Josef and Anni Albers Foundation

 本展の開催に際し、担当学芸員の亀山は次のように語った。「正方形の絵画で知られるアルバースの、制作者のみならず、教育者の側面にも光を当てる展覧会。アルバースは授業において『目を開くこと』を重視しており、彼の取り組みの際立っている点は、芸術家と教師の側面が強く結びついている点にあるといえる。授業を知ることで作品への理解を深めることができるし、その逆も同様だ。そのような視点で本展は構成されている。日本において広く親しまれているアルバースであるが、意外にもその回顧展は本展が日本初。開催に際し、ご協力いただいた関係者、そしてジョセフ&アニ・アルバース財団には感謝申し上げたい」。

 なお、会期中には講演会やギャラリートーク、アルバースの授業に基づくワークショップなど多様なプログラムが開催予定だ。夏季休暇中に親子で足を運ぶのにも最適だろう。

編集部

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