『配色の設計 色の知覚と相互作用』 ジョセフ・アルバース=著 「色彩の相互作用」を探求した、実習のプロセス
ジョセフ・アルバースといえば、「正方形賛歌」シリーズに代表される幾何学的な色面構成による抽象絵画が真っ先に思い出されるだろう。一方、画家としてのキャリアと同等に忘れてはいけないのが、アルバースの美術教育者としての顔である。1888年ドイツ生まれのアルバースは、バウハウスで学んだあとそのまま同校の予備課程の教師となり、アメリカ亡命後はシカゴにある前衛的教育機関のブラック・マウンテン・カレッジで、さらに名門イエール大学で教鞭を執った。実験的な色彩研究をはじめたのは1940年代後半から。その成果は『Interaction of color』と題した一冊の書物に結実して1963年に刊行され、当時の美術界に賛否両論を巻き起こした。
本書は、初版から半世紀を経て復活したその完訳版である。光学や生理学を動員して色彩理論を補強するのではなく、また理想的な色彩調和の体系を打ち立てるのでもなく、一貫して色彩をみる目を養うことを説いた啓蒙の書だ。
「色は美術においてもっとも相対的な表現手段」とアルバースは言う。ある色彩は物質そのままの色として知覚されることはほとんどなく、隣接する色彩や形との相互作用によって見え方が変動する。そしてこの「色と色のあいだで起きていること」を精度高く見極めるために、アルバースはカラーペーパーを用いた演習を提案する。カラーペーパーならば絵具の混色の手間が省けるし、同じ色を繰り返し正確に使用できるからだ。
メインを占める演習では、色彩の相互作用がいかに知覚に影響を及ぼすか、同時対比の法則や錯視効果を引き合いに出しながら様々な例が示される。特殊な技術も知識も必要としない、誰にでも開かれた美術教育の実践が展開されているわけだが、同時にここには、真の創造性を獲得するに到るまでの、ある種の厳格さが認められるように思われる。
クラスのメンバー全員がひとつの方向を目指して研究する、同一の手法や限られた要素を共有することによって個人の偏向をあぶり出すなど、アルバースの美術教育観は、いたずらに個人の自由な表現を推奨する類の美術教育とは一線を画する。「色彩の相互作用」を探究する基本姿勢は、「ある共同体における相互作用」を発見する教育モデルにも敷衍されるものなのだ。演習のテキストに散りばめられたアルバースのメッセージを注意深く拾い上げるならば、表現する主体を閉じられた「個」から開放する契機を本書から読み取ることができるだろう。
(『美術手帖』2016年9月号「BOOK」より)