キース・ヘリングはニューヨークで何をなしたのか。「キース・ヘリング:NYダウンタウン・ルネッサンス」が中村キース・ヘリング美術館で開幕
山梨・北杜市の中村キース・ヘリング美術館でキース・ヘリングのニューヨークでの活動を伝える作品を展示する展覧会「キース・ヘリング:NYダウンタウン・ルネッサンス」が開幕した。会場の様子をレポートする。
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山梨・北杜市の中村キース・ヘリング美術館で、同館コレクションからキース・ヘリングのニューヨークでの活動を伝える作品を展示する展覧会「キース・ヘリング:NYダウンタウン・ルネッサンス」が開幕した。会期は2024年5月6日まで。
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キース・ヘリングは1958年、アメリカ・ペンシルバニア州生まれ。80年代初頭にニューヨークの地下鉄構内のスペースにチョークでグラフィティを描いた通称「サブウェイ・ドローイング」というプロジェクトを始め、アンディ・ウォーホルやジャン゠ミシェル・バスキアなどと同様に1980年代のアメリカ美術を代表するアーティストとして広く知られてきた。
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中村キース・ヘリング美術館は、中村和男が1987年より収集する約200点のキース・ヘリングの作品からなるコレクションを収蔵・公開している館だ。「キース・ヘリング:NYダウンタウン・ルネッサンス」は、そのコレクションのなかから、とくにヘリングのニューヨークでの活動に焦点を当てて紹介するものだ。
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展示室に向かうスロープには、ヘリングがニューヨークの地下鉄の駅にある空き広告のスペースにチョークでグラフィティを描いた「サブウェイ・ドローイング」の記録写真が並ぶ。ペンシルヴァニアから大都会・ニューヨークに出てきたヘリングが、街にあふれるグラフィティに衝撃を受けて制作を始めた、当時のニューヨークの空気感が伝わってくる。
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第1章「アンダーグラウンド・カルチャー」は「闇の展示室」と呼ばれる暗がりの展示室を舞台としている。ここでは90年にヘリングが亡くなる直前に制作した祭壇《オルターピース:キリストの生涯》(1990)が展示されており、本来は静謐な雰囲気を醸し出す空間だ。
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しかしながら今回の展覧会では、この展示室は往年のニューヨークのナイトライフを体現した空間へと変わる。「パラダイス・ガラージ」「クラブ57」「エリア」「ザ・パラディアム」といった伝説的なクラブで活動し、壁画を描いたりイベントを企画しながら交友を広げていったヘリング。
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会場では「パラダイス・ガラージ」で活躍した伝説的なDJ、ラリー・レヴァンのライブ音源が流れ、モデルであり歌手としていまも活躍するグレイス・ジョーンズにヘリングがボディペイントを施した際の写真や、磯崎新の内装デザインによる「クラブ57」の篠山紀信による記録写真なども見ることができる。
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80年代後半のニューヨークという街が不景気にあえぎながらも、その地下では熱いカルチャーが脈打ち、ヘリングの活動の核がそこにあったことを体感してほしい。
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第2章「ホモエロティシズムとHIV・エイズ」は、ヘリングの作品を語るうえで外すことのできない、ゲイとしての自認とその表現について扱う。LGBTQ+といった言葉もなく、抑圧や偏見がいまよりひどかった80年代に、ヘリングは自身がゲイであることを公言し、そのアイデンティティや興味を土台として作品制作を行った。
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展示されている6点のシルクスクリーン作品《バッド・ボーイズ》(1986)は、揺らぎやかすれのある墨によって男性の身体や性器を描いている。はっきりとした線描のイメージが強いヘリングだが、じつはテーマに沿って幅広い表現を試みていたことを知ることができる重要な作品だ。
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ヘリング自身も後に命を落とすことになるが、HIV・エイズの感染が広がっていったこともこの時代の性を語るうえで外すことができない。当時は「HIV・エイズ=同性愛者の病気」という誤った情報もあり、ゲイ・コミュニティへの差別や偏見を助長する要因にもなったが、ヘリングはこうした動きにも立ち向かっていた。展示されている《沈黙は死》(1987/2012再制作)や《偏見は恐怖。沈黙は死。》(1989)といったヘリングによるポスターは、HIV・エイズへの正しい理解促進や陽性者のサポートを訴えたものだ。
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第3章「社会に生きるアート」は、ヘリングがアートを社会に実装しようとした試みについて取り上げている。ヘリングはアートをより多くの人に届けるために、ニューヨークに自身がデザインしたTシャツやステッカーを販売する店「ポップショップ」をオープンさせた。
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会場では当時、実際に販売されていた商品や資料を見ることができる。もちろん、同館のミュージアム・ショップでも多くのヘリングのグッズを購入することが可能だ。ヘリングのアートワークを手にすることで、その思想をより身近に感じることができるのではないだろうか。
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ヘリングのアートによるアクションは、子供たちにも向けられていた。《マウント・サイナイ病院のための壁画》(1986)は、米国でも最大規模の病院である「マウント・サイナイ病院」の小児病棟にヘリングが制作した壁画だ。ヘリングはアートセラピストの依頼をうけて、病気と闘う子供たちのためにマーカーとメモ帳でいくつもの絵を描き、最後の訪問の際にこの壁画を残したという。日本初公開となる本作から、ヘリングがアートの力を信じ社会に対して行動していた様子が伝わってくる。
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最後となる第4章「ニューヨークから世界へ」では、ヘリングがニューヨークで各分野の重鎮と出会いその才能を開花させ、やがて世界中が知るアーティストとなっていったことを象徴する作品が展示されている。
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詩人、ウィリアム・S・バロウズが書いた詩に呼応するようにヘリングが制作した版画シリーズ「アポカリプス」や、親交があったアンディ・ウォーホルとミッキーマウスをかけ合わせたキャラクターの版画作品《アンディ・マウス》などは、ヘリングの交友を知るうえで重要となるピースだ。
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また、1987年にドイツで開催された遊園地型の現代美術展「ルナルナ」では、ロイ・リキテンスタイン、ヨーゼフ・ボイス、サルヴァドール・ダリらとともに参加し、メリーゴーラウンドをデザインしたという。当時制作した作品も、会場の資料から知ることができる。
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ヘリングが活躍した時代のニューヨークの熱気を知ることができる本展。多くの人が知るその作品のビジュアルのみならず、背景にあったヘリングの思想を丁寧に紹介する展覧会となっている。