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展覧会でありプロジェクト。Chim↑Pom展「ハッピースプリング」に見る協働の成果

日本を代表するアーティスト・コレクティブとして存在感を示す「Chim↑Pom(チンポム)」。その初の本格的な回顧展「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」が森美術館で開幕した。会期は2月18日〜5月29日。

Chim↑Pomメンバー(左より、林靖高、水野俊紀、岡田将孝、稲岡求、エリイ、卯城竜太)

なぜいまChim↑Pom展なのか

 2009年の《ヒロシマの空をピカッとさせる》や東日本大地震の際に発表された《LEVEL 7 feat.『明日の神話』》(2011)、歌舞伎町のビルの建材を素材として使用した「ビルバーガー」シリーズ(2016/2018)など、数々の強烈な印象を残すプロジェクトを発表してきたChim↑Pom(チンポム)。その初となる本格的な大規模回顧展「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」が森美術館で開幕した。会期は2月18日〜5月29日。

 Chim↑Pomは、2005年に東京で結成したアーティスト・コレクティヴ。メンバーは卯城竜太、林靖高、エリイ、岡田将孝、稲岡求、水野俊紀の6名で、世界各地の展覧会に参加するだけでなく、自発的に様々なプロジェクトを企画してきた。

 2015年にはアーティストランスペース「Garter」を東京・高円寺にオープンし、翌16年には新宿・歌舞伎町で「また明日も観てくれるかな?」を開催。東京電力福島第一原子力発電所事故による帰還困難区域内で、封鎖が解除されるまで観に行くことができない国際展「Don’t Follow the Wind」(15年3月11日〜)の発案と立ち上げを行い、作家としても参加するなど、多彩なプロジェクトで知られている。

 今回、森美術館で始まった「ハッピースプリング」は、このChim↑Pomのこれまでの活動を総覧するものだ。

展示風景より

 展覧会開催に際し、森美術館の片岡館長は、「Chim↑Pomは体当たりな制作方法で時折り物議を醸してきたが、その多様な視点を展覧会のなかに再現する工夫がなされている」と評しつつ、「パンデミックで社会の分断などが浮き彫りになり、みなが社会のあり方を考えるようになったなか、本展は時期を得たもの。Chim↑Pomの世界観や、目指しているところをお伝えできれば」と意気込む。

 また本展を企画した同館シニア・キュレーターの近藤健一も、Chim↑Pomを「誰にも思いつかないアイデアを実際に実現する行動力を持つ。日本の美術界のなかで非常に独自のポジション」としつつ、その企画背景として「2010年代以降、国際的な活躍や大型プロジェクトを展開しており、いまがベストなタイミング」だと語っている。

展示室内に「道」が出現

 展示は、「都市と公共性」「道」「DON’T FOLLOW THE WIND」「ヒロシマ」「東日本大震災」「ジ・アザー・サイド」「May, 2020, Tokyo」「エリイ」「金三昧」「くらいんぐみゅーじあむ」など10のセクションと、美術館外で展開されるプロジェクト・スペースで構成。そのハイライトを紹介したい。

くらいんぐみゅーじあむ

 まず美術館の出入り口エリアに現れるのが、託児所としての作品《くらいんぐみゅーじあむ》だ。本作は、展覧会の会場内に託児所を開設することで、子育て中の人々が気軽に美術館を訪れ、アートを鑑賞することができることを目指すプロジェクト。子供の居場所をクリエイティブにつくりだし、子育てに優しい環境づくりへの課題を考える契機になることも目的としている。

展示風景より、くらいんぐみゅーじあむ
展示風景より、くらいんぐみゅーじあむ

都市と公共性

 「都市と公共性」のエリアに入ると、いつもの森美術館とはまったく異なる様子に驚かされる。まるで建設現場のようにパイプが張り巡らされた空間。仮設の「天井」の低さもあいまって、濃密な空気を感じる。ここでは、東京の街なかで生き抜くネズミをモチーフにしたChim↑Pomの代表作《スーパーラット》の最新版である《スーパーラット ハッピースプリング》をはじめ、東京の上空にカラスを呼び集めた《ブラック・オブ・デス》などの初期の代表作のほか、2012年に渋谷パルコで発表された巨大なゴミ袋に鑑賞者が入り込むインスタレーション《ゴールド・エクスペリエンス》、ビルの床や家具などを積層した「ビルバーガー」シリーズなどが並ぶ。

展示風景より、手前が《スーパーラット ハッピースプリング》(2022)
展示風景より、《ブラック・オブ・デス》(2007)
展示風景より
展示風景より、「ビルバーガー」シリーズ
展示風景より、《ゴールド・エクスペリエンス》(2012/2022)

 本展でもっとも驚くべきは、展示室を上下二層構造にし、上層をアスファルトで舗装した「道」だ。美術館内部とは思えないほどの空間は、建築家・周防貴之とともに構想・制作されたもの。

 Chim↑Pomはこれまでも、高円寺のキタコレビルで《Chim↑Pom通り》を開通させたり、台湾で開催された「Asia Art Biennial 2017」で200メートルにおよぶ《道》によって国道と国立台湾美術館をつないできた。Chim↑Pomにとって「公共性」は重要なテーマであり、その重要性が体現されたのが本展の「道」だと言える。この「道」は、会期中様々なイベントやパフォーマンスが行われるプロジェクトスペースとしても機能する予定だという。

道へと続く階段
美術館に出現した「道」
美術館に出現した「道」
「道」から見える西尾康之による《稲岡展示居士》(2009)

Don't Follow the Wind

 「道」の先には、福島と広島で取り組んできたプロジェクトが紹介されている。帰還困難区域でいまも開催されている国際展「Don't Follow the Wind」は、避難指示が解除されるまで一般の人々が見に行くことができない展覧会。本展では、サウンドインスタレーションとしてこのプロジェクトを展示することで、東京から福島のいまを想像させる。

展示風景より、《Don't Follow the Wind》(2015/2022)
展示風景より、《サイレント・ベルズ》(2017/2022)

ヒロシマ

 Chim↑Pomは08年に広島の原爆ドーム上空で《ヒロシマの空をピカッとさせる》を実行し、平和な現代社会の基盤への無関心の蔓延を、マンガ的に可視化させた。会場では、この映像作品とともに、平和のシンボルである折り鶴を積み上げた《パビリオン》や、原爆の残り火を灯し続ける《ウィー・ドント・ノウ・ゴッド》などが展示されている。

展示風景より、《リアル千羽鶴》(2008)、《パビリオン》(2013)、《ヒロシマの空をピカッとさせる》(2009)
展示風景より、《パビリオン》(2013)
展示風景より、《ウィー・ドント・ノウ・ゴッド》(2018/2022)

東日本大震災

 2011年に発生した東日本大震災の際、Chim↑Pomは立て続けにプロジェクトを行い、代表的な作品を生み出した。そのなかでも渋谷駅にある岡本太郎の《明日の神話》にゲリラ的に原発事故を描いた絵を足した《LEVEL 7 feat.『明日の神話』》はとくに多くの人々の記憶に残っているだろう。ここでは、その《LEVEL 7 feat.『明日の神話』》のほか、映像作品《リアル・タイムス》《気合い100連発》など、震災直後に発表された作品郡を紹介。いまなおChim↑Pomにとって重要なテーマである東日本大震災をあらためて考える契機となる。

展示風景左より、《リアル・タイムス》《不撓不屈》(ともに2011)
展示風景より、中央が《LEVEL 7 feat.『明日の神話』》(2011)
展示風景より、手前は《レッドカード》(2011/2022)
展示風景より、《ひとかけら》(2017)
会場ではChim↑Pomに関連する報道資料なども閲覧できる

ジ・アザー・サイド(向こう側)

 アメリカ国境沿いに住むメキシコ側の人々がアメリカを呼ぶときの通称「ジ・アザー・サイド」。Chim↑Pomは2014年からアメリカの国境問題をテーマにした「ジ・アザー・サイド」シリーズを手がけており、16年にはメキシコのアメリカ国境付近でツリーハウス「USA ビジター・センター」をつくり、「立ち入れないアメリカ」のメタファーを生み出した。会場では、そのツリーハウスを再現。実際にのぼり、そこから見えるものを確かめてみてほしい。

展示風景より、《USA ビジター・センター ─モデルユニット─(「ジ・アザー・サイド」プロジェクトより)》(2017/2022)

May, 2020, Tokyo

 新型コロナウイルスの感染拡大により、街から人が消えた2020年の春。Chim↑Pomは都心部の街中各地に、青焼き写真の感光液を塗ったビルボードを設置するプロジェクトを人知れず行っていた。「新しい生活様式」や「TOKYO 2020」などのスローガンが白抜きされたビルボードの数々は、当時の状況をシンプルかつ強烈に伝えるものだ。

展示風景より
展示風景より

エリイ

 Chim↑Pomにとどまらず、個人としても執筆やメディア出演など様々な活動を行うエリイ。その多様な側面にフォーカスしたのがセクションが、その名も「エリイ」だ。本展では、結婚制度を社会的に検証するために、デモ申請を行い、自らの結婚パレードを路上で開催し、それを作品として残した。会場では、当時のパレードの様子をインスタレーションとして再現している。

展示風景より、《ラブ・イズ・オーバー》(2014/2022)
展示風景より、「サンキューセレブプロジェクト アイムボカン」

金三昧

 今回はミュージアムショップもプロジェクトのひとつとして展開される。「金三昧」は、Chim↑Pomがオリジナルグッズや実験的な「商品」「作品」を開発・販売するプロジェクト。価値とは何かを問いかけような「商品」「作品」に注目だ。

ミュージアムショップの一角にある「金三昧」

 なお、本展では森美術館のほかにも、虎ノ門にサテライト会場としてミュージアム+アーティスト共同プロジェクト・スペースを設置。Chim↑Pomと美術館との対話のなかで生まれた見解の相違を契機に、議論を深める場所として使用される。ここでは映像作品《スーパーラット》やネズミの剥製を使った《スーパーラット(千葉岡君)》、Chim↑PomがコミッションしたEDI MAKIによる映像作品《ハイパーラット》の3点が展示されている。

ミュージアム+アーティスト共同プロジェクト・スペース

既存のルールを問い直す

 Chim↑Pomのメンバー・卯城竜太は2月17日に行われた記者会見で本展について、「僕がいままで見てきた森美術館の展覧会のなかでも非常にチャレンジングなもの」「日本で最初のコレクティヴィズムを感じてもらえる展覧会になっている」と語った。

 美術館という制約があるなかでの個展開催。卯城は「美術館にとっては難しく新しい試みだからこそやりがいがある。美術館の既存のルールや運営を問うてみたいし、美術館に公共性はあるのかとずっと考えてきた」と話す。この公共性への問いかけは、展示会場に道として表現されている。

 また、森美術館でオリジナルの《スーパーラット》が展示できなかったことについては、「美術館側は努力してくれたが、表現の自由は損なわれたと感じている」としながらも、共同プロジェクト・スペースを美術館とChim↑Pomがともに話すためのスペースだととらえ、「白黒の二元論を超えたところで答えを探りたい」と前向きな姿勢を見せた。

 都市をフィールドに活動を続けてきたChim↑Pom。本展は、その活動を振り返るというだけでなく、社会と個人との関わり方や美術館の可能性・存在意義なども考える機会となるだろう。

展示風景より

編集部

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