古代の洞窟壁画に始まり現代にいたるまで、様々な作品表現の源泉となっている「洞窟」。これをモチーフとして、写真・映像作品からイメージや認識のつくられ方を再考することを試みる展覧会「イメージの洞窟 意識の源を探る」が、東京都写真美術館で開幕した。会期は11月24日まで。
照明の落とされた展示室で鑑賞者を迎えるのは、志賀理江子の「ヒューマン・スプリング」シリーズから《人間の春・私は誰なのか》。同作で志賀は「人間とは何か」「人間はどこから来てどこへ向かうのか」という、生命の存在そのものへの問いかけを行っている。
続く部屋にあるのは、「ガマ」と呼ばれる沖縄の洞窟を撮影した写真で構成されるオサム・ジェームス・中川のインスタレーション。本展キュレーターの丹羽晴美(東京都現代美術館学芸員)は中川の写真集『GAMA Caves』(赤々舎、2014)を見たことをきっかけに、同シリーズを軸とした本展を構想したという。
壁面に展示される「ガマ」は、暗闇の洞窟内にカメラをセットし、中川が懐中電灯で周囲を照らすことで撮影したシリーズだ。中川は本作について、「自分が時間をかけてそこにいる必要を感じたので、ストロボを使いませんでした。洞窟のなかのスピリットたちを可視化する試みです」と語る。
また中央の「闇」は、和紙に写真をプリントし、像が定着する前に墨や酸化鉄を用いて複雑なテクスチャーを浮かび上がらせたもの。実際の「ガマ」にいるかのような体験をすることができる内側だけでなく、写真の裏面にあたる外側に墨がつくり出す表情にも注目したい。
北野謙は、初の展示となる「未来の他者」シリーズの新作を発表している。同作はフォトグラムの技法を用いて、乳児の輪郭を大きな印画紙に焼き付けたものだ。会場ではこのネガ像とポジ像の間を境目に、暗い展示室が明転。ふたつを見比べることで、北野が「この世界とその向こう側を行き来するような存在だと感じた」と語る、まさに「未来の他者」としての乳児のイメージの彷徨いを感じることができるだろう。
またフィオナ・タンは、アムステルダムのミュージアムの古い記録資料を活用したファウンド・フッテージ作品《近い将来からのたより》を展示。同作は洞窟の湾にはじまり、船の帆や波、滝、洪水など「水」のモチーフを繰り返し提示することで、流れる時間と記憶の関係を探ろうとするものだ。
作品を通して「見ること」について純粋な問いを繰り返してきたゲルハルト・リヒターは、テート・モダンの来館者を撮影した写真をベースとした日本初公開作品を含むシリーズ「Museum Visit」を展示。本展の最後を飾るのは、リヒター自身と家族のポートレイトに油彩が重ねられた《22 Nov. 1999》だ。
「闇」と「光」をめぐる、豊かな写真・映像表現の手法を紹介する本展。まるで「洞窟」のような展示室のなかで、じっくりとひとつのイメージに向き合ってみてはいかがだろうか。