反政府活動の容疑で約7年刑務所に収監され、囚われた独房でアート作品を制作し続けたミャンマーのアーティスト、ティン・リン。その日本初の個展が、6月17日より銀座メディカルビルで開催されている。
ティン・リンは1966年ミャンマー生まれ。88年に民主化運動に参加し、98年に政治犯として投獄。独房の中で、極限的で不自由な状況下で囚人服の上に指や注射器などを使って約300点の反政府的な絵画を制作したという。本展では、ティン・リンが囚人時代に制作した絵画やその思いを叩きつけた作品を含む「囚人シリーズ」と、ミャンマーにおける男女差別の問題に注目した最新作「ロンジー・プロジェクト」を展示している。
本展は、最新作の「ロンジー・プロジェクト」から始まる。「ロンジー」とは、ミャンマーで日常的に着用されている、スカート風の伝統的な民族衣装。ミャンマーでは、女性のロンジーと男性のロンジーを一緒に洗濯したり干したりすることが忌み嫌われており、男が干した女性のロンジーの下を通るのも男性の権威や運気が落ちるので敬遠されているという。
会場の中央では、女性のロンジーが天井から吊り下げられている。ティン・リンは、「この展覧会をもしヤンゴンで開催したら、男性たちは近づけずに窓際に行ってしまうでしょう」と語っている。
迷信的な風習に支配されている社会における不平等に挑戦するこのプロジェクトは、フランスから始まり、香港、ミャンマーでの展示を経て、日本へと巡回した。ミャンマー・ヤンゴンのリバー・ギャラリーでは、今回東京でも展示されているインスタレーションが、ブッダの頭に女性のロンジーの生地を巻きつけていると見られ、ギャラリーに石が投げ込まれるなど、ラディカルな仏教僧や守旧派から過激な攻撃を受けて大きな問題が発生した。
リバー・ギャラリーの設立者であるギル・パティソンは本展の開催にあたり、「このプロジェクトの英語のタイトルは『Skirting the Issue』となっており、問題を避けて無視することを意味します。また『Skirt』は、本展のもっとも重要なモチーフであるロンジーも象徴しています」と語る。
「ヤンゴンでのプレ展示は、様々な議論や論争を呼び起こしました。私たちは、それが大きく注目されたことに驚きながら、励まされています。人々にこれらの伝統的な信仰についての新しい考え方を提供し、男女差別について非常に敏感な国で女性の権利について再考させることは、とても有意義なことではないかと思います」。
「ロンジー・プロジェクト」は、実際にミャンマーに住む女性たちが使っていたロンジーを作品の素材としてキャンバスに貼りつけ、それらの女性の姿をロンジーの上に描き、彼女たちの言葉をミャンマー語で作品に組み込んだ作品群。ミャンマーでの展示で大きな論争を呼び起こしたインスタレーション《あなたはどう思う?》は、女性の首から上の頭部にロンジーの生地を貼りつけたものであり、作品の裏側から実際に中にも入れる。
未だに男女格差が根強い日本社会において、鑑賞者はティン・リンの作品をどう見るべきか? ティン・リンは、「すべての国には、ある程度のジェンダーアンバランスの問題があるはずです。日本人の男性や女性も同様に、すべての鑑賞者に自らこれらの作品を見て、自分の国のジェンダー問題について考えてもらえれば嬉しいです」。
いっぽう会場の地下1階では、ティン・リンが囚人用の無地のロンジーを使って制作した「囚人シリーズ」を展示。タバコなど価値のあるものと交換して入手したロンジーや絵具で実際に監獄の中で制作した作品や、現在でも続けている、囚人時代の記憶をもとに制作した作品は、ティン・リンのアーティストとしての原点を示している。