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杉本博司と天正遣欧使節の数奇なつながり。MOA美術館で「信長とクアトロ・ラガッツィ 桃山の夢と幻 + 杉本博司と天正少年使節が見たヨーロッパ」が開幕

2017年2月5日に、杉本博司と榊田倫之の主宰する新素材研究所の建築意匠によってリニューアルした静岡・熱海のMOA美術館。ここでそのリニューアルを記念した特別展「信長とクアトロ・ラガッツィ 桃山の夢と幻 + 杉本博司と天正少年使節が見たヨーロッパ」が開幕した。杉本が語る本展の見どころとは?

会場風景より杉本博司「天国の門」シリーズ

 1982年、岡田茂吉によって静岡・熱海に開館したMOA美術館は、尾形光琳の《紅白梅図屏風》をはじめとする国宝3件を含む、3000点以上の日本美術、工芸などを所蔵する日本を代表する私立美術館だ。

MOA美術館外観。左はヘンリー・ムーア《王と王妃》(1952-53)

 このMOA美術館は昨年、現代美術作家・杉本博司と建築家・榊田倫之が主宰する「新素材研究所」によってリニューアルを果たし、黒漆喰の壁や無反射ガラスによって、より展示に没入できる空間となった。

エントランスの扉は人間国宝・室瀬和美とともに制作した漆塗によるもの

 そして今回、そのリニューアルを記念した特別展「信長とクアトロ・ラガッツィ 桃山の夢と幻 + 杉本博司と天正少年使節が見たヨーロッパ」がスタートした。

 本展は、2017年秋にニューヨークのジャパン・ソサエティーで開催された、「Hiroshi Sugimoto: Gates of Paradise」展をもとに再構成し、杉本の「クアトロ・ラガッツィ」シリーズ24作品と、天正遣欧少年使節と南蛮美術、そして近世日本を切り開いた織田信長に関わる作品を展示するものだ。

展示室へのアプローチ

 まず、天正遣欧少年使節についておさらいしたい。天正遣欧少年使節は、天正10(1582)年、日本巡察使だったヴァリニャーノが日本布教の成果を時のスペイン国王フェリペ2世とローマ教皇に知らせるために派遣した、伊東マンショ、千々石ミゲル、中浦ジュリアン、原マルチノの4名のこと。長崎から出発した使節団は、マカオ、マラッカ、ゴアを経て1584年8月にリスボンに到着。そして翌年3月にローマに到着し、その後イタリア各地を訪問し、熱烈な歓迎を受けた。

 この天正遣欧少年使節と杉本博司がどうつながるのか? 事の発端は2015年春に遡る。杉本は代表作である「劇場」シリーズ撮影のため、ヨーロッパ各地を訪問していた。そして、ヴェネチアの劇場テアトロ・オリンピコ(1585年開館)を訪れた際、同劇場の天井回周りに見つけたフレスコ画が、天正遣欧少年使節を歓迎する場面を描いたものだったという。

展示風景。左から《地図の部屋、ヴィラ・ファルネーゼ、カプローラ》(2016)、《オリンピコ劇場、ヴィチェンツァ》(2015)、《聖フランシスコ大聖堂、アッシジ》(2016)

 このとき使節に興味を持った杉本は、自身が撮影してきたイタリア各地の建造物は、偶然にも使節団が過去に目にしていたという事実を発見。「ヨーロッパを初めて見た少年たちの視線と、自身の視線に重なるものがあった」と感じたという。

 そこから杉本は、それまで偶然に辿っていた少年使節の足跡を、さらに意図的に尋ねて撮影を続行。深夜のパンテオンをはじめ、閉館中の城館ヴィラファルネーゼの螺旋階段室、夜明け前のフィレンツェ大聖堂、初期ルネッサンスの名品「天国の門」を撮影し、作品化した。「自分が使節のような目で、天正当時の彼らの驚きを持ちながら写真を撮れば、フレッシュな視点が得られるのではないかと考えたのです」。

作品について語る杉本博司

 本展は、そうして構成された「クアトロ・ラガッツィ」(4人の天正遣欧少年使節のこと。西洋美術史家・若桑みどりの著書『クアトロ・ラガッツィ』の書名にちなんでいる)シリーズ24作品が、日本で初めて公開される機会となっている。

 展示の導入には、こちらも杉本を代表するシリーズである「海景」から《リグリア海、サビオレ》が展示。この海は少年使節が渡った海でもあり、杉本自身「好きな作品」だと語る。

リグリア海、サビオレ 1993

 また、杉本がフレスコ画と出会った劇場を撮影した《オリンピコ劇場、ヴィチェンツァ》をはじめ、3年がかりで交渉し撮影したという《パンテオン、ローマ》など、建築物を杉本独自の視点でとらえた大判の写真作品が並ぶ。

パンテオン、ローマ 2015

 そして、次に待ち構えるのが、本展でもっとも注目すべき作品「天国の門」10連作だ。「天国の門」は、フィレンツェ大聖堂に隣接するサン・ジョバンニ礼拝堂にある扉のこと。旧約聖書の10場面の装飾が施されており、これを賞賛したミケランジェロによってその名が付けられた。

 1966年に大洪水で損傷を受けたが、27年にわたる歳月をかけて修復。現在、礼拝堂にはレプリカが設置されており、本物はドゥオーモ付属美術館に収められている。杉本はこの本物を、美術館の天井から差し込む自然光で撮影。10連作として制作した。本展ではこれら10点をひとつの展示室でまとめて見ることができる。

展示風景より「天国の門」シリーズ

 本物は修復の結果、黄金の輝きを取り戻しているが、杉本はこれをモノクロで撮影することで「500年経った“味”を出しました」と冗談めかして話す。今回の作品はすべて実物大であり、浮き彫りの装飾がより立体的に見えるように撮影されている。

 「人間の目は常に集中していないんですね。写真に撮って初めて、ちゃんと見るということができる」。そんな杉本の言葉通り、細部までじっくりと集中して鑑賞したい作品群だ。 

天国の門01、アダムとイヴ 2016 
「天国の門」シリーズ

 なお、本展では杉本の展示セクション以外でも天正遣欧少年使節に関連する作品・資料が多数展示されている。

 イエス会画派系の世界図屏風や宣教師たちを描いた《洋人奏楽図屏風》、天草一揆の主戦場・原城本丸跡で発見された《黄金の十字架》、旧家の土蔵の壁から竹筒に入った状態で発見されたという《悲しみの聖母像》など、これらは16〜17世紀の日本におけるキリスト教の影響を強くうかがわせる。

重要文化財 洋人奏楽図屏風 16世紀
黄金の十字架 16〜17世紀
悲しみの聖母像 16世紀末〜17世紀初期

 加えて、天正遣欧少年使節が1585年にミラノを出発したことを伝える新聞《天正遣欧少年使節肖像画》をはじめ、1585年に描かれた《伊東マンショ肖像》、同年に発行された『天正遣欧使節記』など、天正遣欧少年使節に直接関わる貴重な資料も出品。

 16〜17世紀の作品群と杉本の作品群、ふたつの時間軸で400年以上前にヨーロッパに渡った少年たちに思いを馳せる展覧会となっている。

会場出口には、杉本が尾形光琳《紅白梅図屛風》をもとに制作した《月下紅白梅図》(2017)も展示

編集部

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