2023.5.29

美術の歴史に接続せよ。いま、「shiseido art egg」に応募すべき理由

資生堂ギャラリーが主催する公募プログラム「shiseido art egg」が今年で17回目の開催を迎える。2006年から始まり、これまで5000件以上の応募のなかから48名(組)のアーティストが参加してきた同賞。数多くあるアワードのなかで、いま、shiseido art eggに応募すべき理由とは?

「第16回shiseido art egg」 YU SORA展 「もずく、たまご」(2023)会場風景より
撮影=加藤健
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先鋭的・実験的な作品も受け入れてきた資生堂ギャラリー

 日本に数多くあるアートアワードのなかで、もっとも重要なものを3つ挙げるとすれば、資生堂ギャラリーが実施している「shiseido art egg」はそのなかに間違いなく入ってくるだろう。

 資生堂ギャラリーが開廊したのは1919年であり、その歴史は100年以上におよぶ。日本最古の公立美術館である東京都美術館(当時は東京府美術館)ですら1926年開館ということを考えても、その歴史の長さは特筆すべきものだ。

 資生堂初代社長・福原信三の時代から「新しい美の発見と創造」の理念を掲げ、数々の作家たちを支援してきた資生堂ギャラリー。なかには、棟方志功や山脇道子などがまだ無名に近い時代に、同ギャラリーで個展を開催していたという歴史もある。資生堂ギャラリーは当時、先鋭的・実験的とされた作品が多く発表される場としても機能し、新しい美術の潮流の一端を担ってきたのだ。また、アーティストや文化人らが集うサロンでもあり、つねに新しい文化が生まれる場にもなってきた。

「第16回shiseido art egg 佐藤壮馬展 おもかげのうつろひ」(2023)会場風景より
撮影=加藤健

 こうした理念をいまに伝えるのが、資生堂ギャラリーが主催するshiseido art eggだ。2006年に始まった同プログラムは、これまで5182件の応募を集め、内海聖史、宮永愛子、村山悟郎、今井俊介、川内理香子、川久保ジョイ、沖潤子、冨安由真、遠藤薫など、延べ48名(組)の入選アーティストが個展を開催。美術界からも注目を集めてきた。

 shiseido art eggはほかのアワードとは異なり、発表の場が資生堂ギャラリーに限られる。同ギャラリーはたんなる「ホワイトキューブ」とは違い、階段の踊り場と大小2つの展示室で構成される。美術館クラスの5メートルにおよぶ天井高など、ユニークなスペースだ。作家にとってはこの場所をフルに活用して作品を構成する総合的な力量が試される機会でもある。こうした経験を経たOB・OGらは、国内のみならず、グローバルにも活躍の場を広げている。

ギャラリーとつくりあげる展覧会

 shiseido art eggは、公募入選審査の際だけでなく、個展開催後のart egg賞選出の際にも審査員からのレビューを受けることができる。また、資生堂ギャラリーのキュレーター、展示・設営専門スタッフによって個展開催が手厚くサポートされることも、アーティストにとっては有益だ。また16年間継続して開催し続けてきたことにより、アーティストを中心とした独自のコミュニティが形成されつつあることもその特徴と言えるだろう。過去の参加アーティストたちからも、次のような声が寄せられた。

作家として“どこかで展覧会をしたい!いまのここではない別のステージにゆきたい!”と思っている方は沢山いるのではないでしょうか。どうしたら未来が見えるのか、きっかけはどこにあるのかと。かつての私もそう。そんな人こそ応募したらよいと思います。制作から展示、会期中の人との出会いまで、ここでは一人では体験することのなかったことを経験することでしょう。懐のある資生堂ファミリーに出会えるのは幸せなチャンスです。──宮永愛子
展覧会はひとりでつくるものではないという当たり前のことを強く感じたことを覚えています。担当してくださったスタッフさんとともにつくり上げた展覧会でした。設営業者さんのプロフェッショナルな技術を目にしたことはいまでも役だっていますし、自分でできないことは頼んでしまったほうがクオリティが上がるという事に気づけたのは良かったなと思います。資生堂ギャラリーで個展をやりきれたことは自信につながりました。自分的には良い展覧会だったので、その後の展覧会の際の基準としてとても役立っています。──今井俊介
自分にとってはshiseido art eggの展覧会はキュレーターと一緒に展示を作る初めての経験でした。しかも、一人の作家に一人のキュレーターが付き、そのアドバイスやサポートはとても貴重でした。まだ展示の経験が少なかったときに、頭の中のアイデアを高い完成度で現実の展示につくり上げることに必要な過程を経ることができたのは非常に良い経験でした。 また、普段一人の活動が多かった自分にとっては他の入選者がある種の「同期」となり、過去に輩出されていった先輩アーティストや学芸チームのみなさんがひとつの心の拠り所になったのも案外嬉しいことでした。──川久保ジョイ
資生堂ギャラリーは銀座の一等地にあり、普段から素晴らしい企画展示をされているので観客の関心も高く、そこで展示をするには通常かなりのキャリアを積んでからでないと難しいですが、shiseido art eggはキャリアのまだ浅い作家にも機会が開かれている貴重なものになります。私がshiseido art eggで展示をしたときは、無名だったにも関わらずSNSで話題となり、連日本当に多くのお客さまがいらっしゃいました。そこから認知度が上がり、その後のキャリアの発展に大きく影響しました。また、審査員の方々や学芸員の方々、他の歴代の作家さんたちともつながる良い機会となり、その後も関係を続けさせていただいております。大きなギャラリー空間での展示は、自分自身の制作・展示のスキルアップという点でも大変勉強になりました。多くの作家さんにご挑戦をお勧めいたします。──冨安由真
10年かけてあらゆる土地を赴いて積み重なった何事かを、初めてインスタレーションとしてホワイトキューブに展開させていただきました。それまでは、特異な場所での展覧会経験が多かったので、資生堂ギャラリーのような物の配置の全てが意味になるような真っ白な空間に、いちから作品を構成することは、とても貴重な経験でした。キュレーター、インストーラー、照明さん等とのやり取りや、配布物やポスターやカタログ制作、インタビューなど、展覧会に関する一通りの経験を与えていただけたことも、その後の活動に活かされていると思います。──遠藤薫
第16回shiseido art egg 岡ともみ展「サカサゴト」(2023)会場風景より
撮影=加藤健

若手作家のステップアップに

  今年の審査員を務める光田由里(美術評論家/多摩美術大学教授)は、shiseido art eggの特徴を「通常のコンクールでは1点の作品が審査され、その1点が公表されます。それらとは違い、shiseido art eggでは作家が温めてきた大切な企画をトータルに提示して審査を受けて、これを実現させる、またとない機会が獲得できる契機」と語る。

 「しかも金銭面でのサポートだけではなく、経験豊かなキュレーターと技術スタッフたちとの協働作業が経験できることは、ステップアップをめざす若手作家たちにとって、とても有益な学びの機会になる、そうした貢献も見逃せません」。

 ただ作品を発表するだけでなく、展覧会というパッケージ全体を実現できるのが、shiseido art eggの大きな意義になっているということだ。

 同じく審査員のひとりである伊藤俊治(美術史家/東京藝術大学名誉教授)は、shiseido art eggがいまの時代に果たす役割を、次のように強調している。

 「17回目を迎えたshiseido art egg は、豊かなインスピレーションをもたらす場に取り組み、新たな美の創出に挑む新進アーティストをこれまで多数送り出してきた。その軌跡は最先端の美術動向と共振しながら、21世紀の日本現代美術史に特別な軸をつくりだしている。精選されたプロポーザルを基に、自律性のある層状構造のスペースを駆使し、アーティストとキュレーターの緊密な連携の下、新たな場の創造を繰り広げる。その実験精神と想像力にあふれた活動は、他の多くの公募展とは一線を画し、訴求力ある質の高い作品を生み出し続けている。美や知の伝達力が貧しく困難になっているこの時代に、新しいアートの経験を喚起する場としてshiseido art eggの試みは、ますます重要性を増してゆくだろう」。

 17回目となる今年は、入選作家3名に対し、2024年1〜5月頃の期間で資生堂ギャラリーでの個展開催の機会と、作品制作補助費50万円(別途、展示施工費用等の一部を資生堂ギャラリーにて負担)などが提供される。また1名がshiseido art egg賞に選出され、顕彰される(賞金20万円)。自分の力量をいまこそ試したい、ひとつ上のステップに進みたいと考えているアーティストはふるって応募してほしい。