INSIGHT / PROMOTION - 2019.12.17

いま、表現することの難しさ。「shiseido art egg」贈呈式で語られたこととは?

新進アーティストの支援を目的に、2006年に始まった資生堂の公募プログラム「shiseido art egg」。第13回となる今回は、応募総数269件のなかから、今村文、小林清乃、遠藤薫の3名が入選し、遠藤が大賞にあたる「shiseido art egg賞」を受賞した。11月11日に行われた贈呈式やその後の座談会では、展示に込めた思いやその作品の現在的な意味について率直な発言が飛んだ。当日の様子をお届けする。

文=杉原環樹 撮影=加藤健

左から、遠藤薫、今村文、小林清乃
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 「shiseido art egg」は、新しい「美」の探究を経営方針に掲げる資生堂が2006年にスタートした公募プログラム。多数の応募者から選ばれた入選者が、個性的な空間を持つ銀座の資生堂ギャラリーで個展を開催する形式で知られ、新進作家の登竜門として毎年注目を浴びている。

 第13回を迎えた今回も、応募総数269件から今村文、小林清乃、遠藤薫が入選者に選出され、7月から9月にかけて三者三様の個展を開催。その後の審査会の結果、遠藤が「shiseido art egg賞」を獲得した。受賞者の選考に当たっては、グラフィックデザイナーの有山達也、アートプロデューサーで「RealTokyo」ディレクターの住吉智恵、美術家で版画家の小野耕石が審査員を務めた。

「shiseido art egg賞」を受賞した遠藤薫と資生堂取締役常務・青木淳

 11月11日、ギャラリー近くのホテル「ザ ロイヤルパーク キャンバス 銀座8」で行われた贈呈式では、資生堂取締役常務の青木淳より遠藤に記念品などが贈られたのち、入選作家と審査員がそれぞれコメントした。

贈呈式風景

「模索した半年だった」(遠藤薫)

 工芸出身の遠藤薫(1989年生まれ)は、市井の暮らしのなかの「古布」に刻まれた女性の労働や創造性、その背後にある社会や政治性に着目した制作で知られる。「重力と虹霓(こうげい)」と題された今回の個展では、国内外で収集した多様な歴史を持つ衣服や雑巾などの古布群を、ときに自らの手や蚕の糸を用いて修復し、空間に大胆に展開した。また、現在拠点としているベトナム・ハノイの街路で、同地の検閲の網を掻い潜るようにしながら巨大な布を引きずるアクションを収めた映像なども展示した。​

遠藤薫
「重力と虹霓」展示風景より

 審査員の有山は、自身もデザイナーとして各地の無名の人々への取材を続ける立場から、遠藤のアノニマスな生活者への注目と、その「熱量」に刺激されたと話す。住吉は「手仕事に潜む生活者の意思の力を多層的に伝える展示構成は効果的だった」と展示方法に言及。また小野は、「もともと展示するという意識ではつくっていないと思う。そもそも表現とは、他人と何かを共有できないことの衝動から生まれるもの。遠藤さんの展示には、その生々しさが感じられた」と評価した。

有山達也

 従来はサイトスペシフィックな作品やゲリラ形式の活動を主とし、ホワイトキューブ空間における展示は初めてだという遠藤は、今回の展覧会を、「自分が大事に思うことを人にどう伝えるのか、模索した半年だった」と振り返った。準備過程では、布の持つ多層的な意味や、ハノイでのアクションを収めた映像、会場で配布された批評家・沢山遼による工芸をめぐるテキストなどまで、観客の意識をいかに導くのか試行錯誤したという。同時に、普段とは異なる空間に置かれることで、「古布の質量や輪郭、その熱もあらためて感じた」と話した。

「重力と虹霓」展示風景より
「重力と虹霓」展示風景より

「作品に必要なのは人の想像力」(今村文)

 いっぽうで今村文(1982年生まれ)は、花や昆虫など自然界の小さな存在に自己を投影し、身体を通じてその姿を写しとる作品を手掛けてきた。従来は平面作品が中心だったが、今回の「見えない庭」展では、ギャラリーに仮設の自身の部屋を移設し、そこに水彩で描いた植物や虫たちの切り抜きによる空間を出現させた。​

今村文
「見えない庭」展示風景より

 有山が「3人のなかではもっとも幅広い人たちを魅了できるものだと思う」と話すこの今村の展示をめぐっては、空間の没入感や圧倒的な手仕事を評価する声が多く聞かれた。「ある意味では閉じている個人的な感覚から出発し、それを最大限他者に伝えようとしている」と住吉。同じ制作者である小野は、頭より先に手によって物事を考えようとする今村の姿勢に共感を示した。

住吉智恵

 今村は発言のなかで、作品の価値の問題にも触れた。「作品とは必ずしも善や正しさのような基準ではなく、むしろ見る人々の想像力に関わる。私のお花の作品は、一般的に人に嫌悪感を与えないかもしれないが、人は主観でしかモノを見られない。モノに人々の想念が加わることで意味を持つのが作品で、そこには想像力が必要だということを示したかった」。

「見えない庭」展示風景より
「見えない庭」展示風景より

「過去の語りをどう表現できるか」(小林清乃)

 最後に、小林清乃(1982年生まれ)は今回の「Polyphony 1945」展において、数年前、古書店で手にした1945年に若い女性たちが書いた手紙を、朗読によって現代に蘇らせる音響的なインスタレーションを発表した。小林は、同年3月から約1年間にわたり、女学校を卒業したばかりの主に7人の女性がひとりの同窓生に宛てた50通におよぶ便りを、当時の変体仮名を学びながら約2ヶ月をかけて通読。朗読を担当する手紙の書き手と同世代の女性役者らとともに、その人物像や時代背景について議論を重ね、録音を行った。歴史に埋もれていた複数の「声」は多チャンネルスピーカーを媒体に1945年の時系列に沿って同時に再生され、多声的な物語となって現代の空間に現れた。

中央が小林清乃
「Polyphony 1945」展示風景より

 小林の展示には、審査員から技術的な側面を評価する声も多く上がった。天井高があり音が反響する資生堂ギャラリーでは、これまで今回のような音声を中心にした展示の例はないという。そんななか、「手紙に綴られた他者の経験を、高精度の音声と客観的事実の強度によって、感情操作せずに観客に届けた」と住吉。いっぽう小野は、会場に設置された舞台装置の存在から感じられる、手紙の書き手の不在感が印象的だったと話した。

小野耕石

 これに対して小林は、朗読化の過程における思考をあらためて説明。「後世の私たちは、手紙の書かれた1945年3月以降の歴史を知っている。その前提で手紙を読むことは、書き手の経験をある種の『予感』とともに追体験することでもあった」。また、小野が言及した舞台については、手紙の書き手が学園生活での演劇体験に言及していることを紹介し、それを、時を超え「実現」したい思いがあったとも語った。「大きな言説ではなく、過去の当事者による個人的な語りというものを、現代の我々がどう受け止め表現できるのか。その過程から生まれるものを大切にしました」。

「Polyphony 1945」展示風景より
「Polyphony 1945」展示風景より

 入選者の3人には、全員が女性であることはもちろん、無名の人々や自然といった、弱く、見過ごされがちな存在に対する注目という共通点があった。住吉は、「3人にはこの生きづらい時代に必要な身体性を積極的に模索し、時代を読み解こうとする強い思考性」があったと語る。「従来は声高な、マニフェスト的なアートが隆盛していたが、これからは一人ひとりの耳元に確実に届けられる囁き声のような表現が必要。3人の表現は、その意味でとても現代的だ」。

「shiseido art egg」で得られたもの

 贈呈式に続いて、入選作家と審査員による座談会が行われた。進行役は、『美術手帖』総編集長の岩渕貞哉が務めた。

 資生堂ギャラリーは、旋回するように階段と踊り場を経て地下に降り、展示室ヘといたる個性的な空間だ。自身も2009年の第3回「shiseido art egg」の入選者であった小野は、この場所における展示の難しさに触れ、同賞には「会場の使い方の提案のし合いみたいな部分がある」と語る。座談会で、岩渕から展示に対する姿勢をあらためて問われた3人も、それぞれ空間との向き合い方を振り返った。

座談会風景

 遠藤は、「若い世代には比較的、オルタナティブな場で活動する傾向がある。私もホワイトキューブの展示は初めてのことで、ある種の恐れがあったが、若手を受け入れ、協働で展覧会を作り上げてくださるこの賞があることで新たな挑戦を試みることができた」と述べる。また、「銀座を歩く人たちに、いかにして普段は見えてこないボロ布の向こう側を見てもらえるのか。そこから、どのようにして映像の中で私が転んだり滑稽とも切実とも取り難いアクションを行っていることや、工芸の歴史まで導くことができるか。領域を横断する勇気と伝える技術に意識して臨んだ」と話した。

遠藤薫

 小林も、「自分の素地は映画にある。異なるジャンルから参加した意識はあった」と語る。そうしたなかで同賞に応募したのは、モチーフの手紙のなかに銀座に関する記述があったからである。また、このスペースが持つ地上と地下の対比が、現在と過去の対比に重なることや、鑑賞者の視線が階段を降り、じょじょに地下の展示室へとアプローチするその空間構成が、時間芸術である映画におけるシーンの展開につながることも意識したという。

 いっぽう今村は、賞への参加と前後して祖母が亡くなったことに言及。「祖母に見せるつもりで制作した。今回、会場に自分の部屋の家具などを持ち込んだが、そこには祖母から譲り受けたものもある。自分の肉体や精神も、いろんな他者の寄せ集めだ」と話す。同時に、「何もない空間に作品の必然性を立ち上げるのは苦労した」とし、「展示を通して考える力を学んだ」と語った。

今村文

 岩渕からは、個展を経た今後の活動についても質問があった。これに対して遠藤は、「今回の展示は、学生時代から10年ほど続けているライフワークをアウトプットしたもの。もちろん布の制作や研究は変わらず続けるが、評価されたと感じたからと言ってそれだけを続けるつもりはなく、布に限らず、流動的な現代のなかでいま生きているということと対峙しながら制作してゆきたい」とコメント。「Art Center Ongoing」(東京・吉祥寺)を中心に開催された先日の「TERATOTERA祭り2019〜選択の不自由〜」の展示では、コリアンタウンの隣で育ち、在日コリアンハーフの友人も持つ自身の背景から、日韓の問題を自身の母親と息子との関係性を交えて扱った。

 他方で小林は、「声を使った作品はつくり続けたい」としつつも、今後は手紙のような固定化された書き言葉にとどまらず、今回の制作を通して関心を持ったという「流動的な話し言葉や、歌われる言葉に着目したい」と話す。「例えば、文字にされず口伝されてきた物語や民話、隠れキリシタンのオラショなどに興味がある。今後のモチーフは来年一年かけてリサーチしたい」。

 岩渕からSNS上での評判の高さについて振られた今村は、「人に見てもらうことは嬉しいが、私は自分が見たいもののためにつくっている。制作の大抵の時間は苦痛で、でも、展覧会を準備する時間は死ぬほど楽しかったりする」。そして今後については、「自分は答えを求めすぎる傾向があるが、答えがないものを答えがないまま展示するようなことをしていきたい」と述べた。

左から、今村文、小林清乃、遠藤薫

 座談会の最後では、入選者3名の発言にたびたび政治や社会問題についての言及があったことを受けて、社会と芸術の関係、とりわけ両者の接点となるSNSをめぐるやりとりもあった。

 審査員の小野は、「自分がこの賞に参加した10年前、作家はこれほど表現に目的を求めていただろうかと思う。現代の作家はSNSなどの視線を強く意識しているが、作品に目的がないからこそ、目的を持つほかの世界に影響を与えることもできるのではないか」とコメント。有山も、情報社会における表現活動の難しさに触れつつ、「それでもつくり手には、忖度せずに言いたいことを言ってほしい」と語った。

小野耕石
有山達也
住吉智恵

 座談会の終了後、審査員を務めた3人に「shiseido art egg」の今後について意見を聞いた。

 小野は、過去の入選作家としての自身の経験に触れ、「あの難しい空間で、自分の作品をいかに成立させるのか。多くの関係者と協力しながら、それでも、自分の作品をいかにわがままに押し出すのか。そうしたことを考えることが、いま振り返ればとても重要な時間だったと思う。今後もこの場が、作家にとってそんなことを学べる機会であってほしい」と述べた。

 座談会の最中にも、展示を理解するうえでのテキストの不足を指摘していた有山は、「こうした取り組みの存在を外により発信していく必要もある」と話す。そのうえで、「やはりこれからの人たちが忖度なく、思い切ってできる場所であってほしい。企業の運営する場としてどのくらい実験的な取り組みができるのか。難しさもあるだろうが、ギリギリの領域を攻めてほしい」と語った。

 住吉からは賞の形式に対する課題の指摘もあった。選出作家の展示をともなった「shiseido art egg」という取り組みは、国内の新進作家を応援するプログラムとして広く知られているが、「最終的にひとつの展示に対して賞を与えることの意味がもっと明確であるべきではないか。例えば、より時代の感度の高い作家を押し出すなど、賞としての色をより強く押し出していくことも必要なのではないか」と話した。

 当たり障りのない言葉が並びがちなこの手の賞の記念式のなかで、入選作家や審査員からそれぞれのリアリティに基づく自由な意見が飛び交った今回の式の風景は、新鮮だった。とりわけ、入選作家に共通する細やかな声に対する注目や、座談会で話された情報社会における表現の難しさをめぐる議論は、今後広く重要になるものだろう。アートの世界の登竜門として、私企業のアート活動として、「shiseido art egg」には一層の期待を寄せたい。

左から、小野耕石、小林清乃、遠藤薫、今村文、住吉智恵、有山達也