なぜ日本では、従来のアートフェアモデルよりオルタナティブなモデルのほうが受け入れられているのだろうか? 今年京都で3回目の開催を迎えたアートフェア「Art Collaboration Kyoto」(ACK)を訪れる前から、この質問は私の頭のなかに浮かんでいた。
ここで言うオルタナティブなモデルとは、アート・バーゼルやフリーズに代表されるような、ギャラリーがひとつのブースを構えて取り扱い作家の個展またはグループ展を行うモデルとは異なるもの。例えば、ACKは「コラボレーション」を軸に、日本国内のギャラリーがホストとなり、海外のギャラリーを招いてブースを共有して出展するモデルを有している。昨年東京で正式にローンチされた「アートウィーク東京」は、これまでの日本にはなかったアートスポットのバスツアーや様々なVIPプログラムを通じ、東京のアートシーンを国内外のコレクターに紹介している。
新しいモデルが登場すると、その新鮮さゆえに注目されることは間違いない。しかしいっぽうで、「日本には独自の美術界のエコシステムやマーケット、そして欧米の大きな流れとは違ったコミュニティーがあるので、独自のモデルを考え出す必要がある」と、「BLUM」東京のディレクター・今井麻里絵は話している。
また今井は、コロナ禍の終息とそれに伴う訪日外国人の受入れ再開や円安の影響、あるいはディスティネーションとしての日本が持つ魅力などが合わさって、こうした独特なモデルのイベントはより国際的に注目されるようになってきたと指摘している。
いっぽう、日本のアートフェアに初めて出展したベルギーのアクセル・ヴェルヴォールト・ギャラリー。その香港スペースのディレクター・川島まり子は、コレクターは海外のアートフェアを訪れる際にその都市自体が持っている「パッケージ」を重要視しているとし、「都市が(観客を)誘致する力がないといけない」と述べている。
例えば、韓国にはエンターテインメントや美容、観光などのインフラが整備されているため、これまで2回開催されたフリーズ・ソウルは海外から数多くのコレクターや関係者を惹きつけた。京都は世界的に名高い観光都市として様々な優れたリソースを持っており、アート都市としての高いポテンシャルも有していると言えるだろう。
そんなポテンシャルについて、京都出身で昨年よりACKのディレクターを務める山下有佳子は次のように話している。
「まず、京都には古くからアートを親しむ文化がある。それが大事なベースだと思う。また、これからのアート界を広げていくためには、より多くの人に参入してもらう必要がある。京都には、食や文化、ホテルなどの異分野の人を巻き込む力がある。そして、それに対して行政がサポートしてくれる体制が京都には感じられる。京都には行政と民間の連携を図れるプラットフォームがある。最後にサイズも大事だ。アートは人をつなぐものであり、コミュニティができるかどうかが重要。京都は小さな街なのでコミュニティが形成しやすく、そこからアートやアーティストも押し出していける」。
フェアのサイズについては、今年のACKの会場規模は過去の約2倍になっている。会場レイアウトも、ギャラリーがランダムに配置された従来のモデルから、いくつかの広場のように分けられ、それぞれのギャラリーが広場の中心に向いて開くような形になっている。
山下は、会場規模が拡大したにもかかわらず、出展ギャラリー数は64軒と昨年と同じ数字を維持していることを強調する。「ギャラリーには質の高い作品を準備してほしいし、来場者にもゆっくりアートを見てほしい」。
今年のメインセクション「ギャラリーコラボレーション」では、上述のBLUMとロサンゼルスを拠点とするギャラリー「マシュー・ブラウン」がペアとなり、浜名一憲の陶芸やアスカ・アナスタシア・オガワ、マグダレナ・スクピンスカらの絵画作品を紹介。フェア開幕前には数点の作品がプレセールされたという。
アクセル・ヴェルヴォールト・ギャラリーは東京のSCAI THE BATHHOUSEとコラボレーションし、キム・スージャ、ジャファ・ラム、李禹煥、ボスコ・ソディ、嵯峨篤の作品を展示。開幕直後の時点では、数点の作品にリザーブが入っていた。
小山登美夫ギャラリー(東京)とJohyun Gallery(釜山)の共同ブースでは、菅木志雄、大宮エリー、ベンジャミン・バトラーと、リー・ベー、キム・チョンハク、ジョ・ジョンスンの作品を展示し、初日にバトラーの作品1点が販売。TARO NASU(東京)とGalerie Eva Presenhuber(チューリッヒ)のコラボレーションでは、サム・フォールズ、ペーター・フィッシュリとダヴィッド・ヴァイス、ライアン・ガンダー、ダグラス・ゴードン、トールビョルン・ロドランドなどの作品が紹介されている。
グループ展がほとんどの同セクションでは、MISAKO & ROSENとニューヨークの「47 Canal」ギャラリーがあえてアーティスト、トレバー・シミズの個展を行い、5点の絵画作品を展示。MISAKO & ROSENの共同創設者・ローゼン美沙子は、「同じ作家が日本と海外のコレクターに支えられていることを示したい」とし、アメリカのホイットニー美術館や日本のタグチ財団に作品が所蔵されているというシミズの中型絵画4点は、開幕前にそれぞれ5万ドルでソールドされたという。
いっぽう、京都ゆかりのアーティストを紹介する「キョウトミーティング」では、11月末に東京の「麻布台ヒルズギャラリー」で個展が予定されているオラファー・エリアソンの作品がneugerriemschneider(ベルリン)によって紹介。原子爆発をモチーフにした36点からなる水彩画のドローイング連作や羅針盤になっている立体作品、彩色ガラスによる彫刻などの作品だ。
初日の午後3時まで(VIPプレビューは午後1時から)、一部のギャラリーは作品をプレセールしたものの、会場では作品があまり動いていないという声も聞かれた。
TARO NASUのディレクター・細井真子によれば、昨年の同じ時間と比べると今年の売上はスローだという(前回は会期後のセールを含めて8割強をソールド)。KOTARO NUKAGAは今年、開幕前に松山智一の大型絵画を先行販売したが、オーナーの額賀古太郎は中国の景気悪化などを念頭に、今年の売れ行きが遅いと話している。
ACKが公表した数字によると、初回のギャラリー総売上高は約2億5000万円で、2回目は約4億円だったという。今年は海外旅行が全面的に再開したなか、最初の数時間の売れ行きが昨年より緩やかになったひとつの理由として考えられるのは、今年のアートウィーク東京(AWT)が初めてACKと隣り合わせの会期で開催されること(AWTの一般会期は11月2日〜5日)。多くの海外コレクターはこの週末に京都に入り、その後AWTのために東京に移動する予定だからだ。そのため、ACKでの作品販売はこの週末に集中するのではないかと予想されている。
ディレクターの山下は、今年はより多くの市内連携プログラムを企画しただけでなく、「ニュイ・ブランシュ KYOTO」や「AMBIENT KYOTO」など既存のイベントが会期を合わせて「みんなで一緒にやっていこうという気持ちがつくれている」と話す。
「京都に限らず、私たちとアートウィーク東京も隣り合わせになることで、グローバルアートカレンダーにおいて日本というものが認知してもらえる。日本はまだマーケットが小さいため、私たちはとにかく一丸となり、『面』となって協力しなければならない。そして世界のなかで日本のアートマーケットに注目してもらう必要がある。今年はそれができ始めた年だと言えるだろう」(山下)。
BLUMの今井は、ゲストギャラリーを介し、海外の作家やキュレーターとつながるようになり、様々なチャンスがオーガニックに生まれるのが同フェアの参加によってもたらされる大きなメリットだとしている。「ACKを媒介に様々なギャラリーが出会い、そこからポジティブなディスカッションが生まれていることを強く実感している」。