9月のソウル。30度を超える日が続くなか、天気より熱かったのが、9月6日にCOEXで開幕した第2回の「フリーズ・ソウル」アートフェアだ。
昨年、初回のフリーズ・ソウルが開催された際に、韓国では新型コロナウイルス感染症に関する水際対策が講じられており、すべての旅行者は韓国に入国前と到着後にPCR検査を受ける義務がつけられていた(日本に帰国する際にはさらに出発前72時間以内の検査結果の提出が必要)。世界的な旅行が通常の状態に戻った今年、フリーズ・ソウルはさらなる盛り上がりを見せている。
今年のフリーズ・ウィークでは、ソウル市内の美術館やアートセンター、ギャラリーが様々な展覧会を開催している。先日の記事でも紹介したように、ソウルの美術館の多くは韓国出身のベテラン、あるいは実験的なアーティストやアートプロジェクトを取り上げ。いっぽう、コマーシャルギャラリーでは、アニッシュ・カプーア(Kukje)、奈良美智(ペース)、ドナルド・ジャッド(タデウス・ロパック)など、国際的なアーティストを紹介するケースが多い。
また、オークションハウスやファッションブランドもフリーズ・ウィーク期間中に様々なイベントを立ち上げている。サザビーズは、9月にソウルに新しいオフィスを開設することを発表するとともに、仁川空港に隣接する高級ホテル、パラダイス・シティでバンクシーとキース・ヘリングの作品展を開催。クリスティーズは、昨年のフリーズ・ソウルにあわせて開催されたフランシス・ベーコンとエイドリアン・ゲニーの二人展に続き、今年はSTORAGE by Hyundai Cardでウォーホルとバスキアのソウルにおける30年ぶりの合同展を行っている。また、今年5月に東京都庭園美術館を会場に行われたプラダのカルチャーイベント「PRADA MODE」もソウルへと巡回し、市内の伝統的な建物で2日間にわたって開催された。
「速くてレベルも高い」売れ筋
昨年のフリーズ・ソウルでは、VIPデーの開場前から会場前にすでに長蛇の列ができた。今年は入場者数をコントロールするため、入場できる時間帯が分けられ、VIPカードの保持者たちが指定された時間により午後1時、2時、4時以降に入場できる仕組みになっている。
そのため、入場可能人数がもっとも少ない開幕直後の午後1時すぎでは会場ままだ熱し切っていなかったが、その分、ギャラリーは重要なコレクターたちにブースの作品を詳しく紹介することができた。
開場から30分も経たないうちに、会場ではすでに作品ソールドの声がが聞こえた。初日には、ハウザー&ワースでラッシード・ジョンソンの絵画(97万5000ドル)や、ジョージ・コンドのペインティング(80万ドル)、ポール・マッカーシーの立体作品(57万5000ドル)、チャールズ・ゲインズの作品(45万ドル)が韓国またはアジアのコレクター/美術機関によって購入。
デイヴィッド・ツヴィルナーでは、今年の第14回光州ビエンナーレにも参加したママ・アンダーソンの作品が55万ドル、ローズ・ワイリーの近作が25万ドルで販売されたほか、草間彌生の複数の作品や、ジョセフ・アルバース、ジョアン・ミッチェルの絵画も取引。ペースでは、1965年のアレクサンダー・カルダーの彫刻や奈良美智による2023年の絵画などを含めて、現在ニューヨークのグッゲンハイム美術館のグループ展でも紹介されているイ・クニョンの絵画(25万ドル)、ジョエル・シャピロの新作彫刻(17万5000ドル)、ペースのソウル・ギャラリーで個展開催中のロバート・ナヴァの新作絵画(15万ドル)など、数々の作品が販売された。
今年ソウルのギャラリーを拡張したタデウス・ロパックでは、初日に19万ドルで日本人のコレクターによって購入されたイ・ブルの作品をはじめ、ダニエル・リヒターの新作ペインティング2点、現在Space Kで個展開催中のザディ・シャ、トニー・クラッグなどの作品が取引。同ギャラリーのコミュニケーション&コンテンツ グローバル・ディレクターであるサラ・ラスティンは、「今年の売れ行きは確実に昨年よりも好調で、間違いなく速くてレベルも高い」と話す。
市内にある同ギャラリーのスペースで9月4日に開幕したドナルド・ジャッド展でも、300万ドルの大作が販売。「(韓国の)人々の消費レベルが非常に高く、市場の強さを示すものだ」(ラスティン)。
上海に拠点を置くGallery Vacancyはベルギー出身のアーティスト、ピーター・ジェネスによる絵画13点を完売。作品の主な価格帯は3万ドル前後となっている。2年連続フリーズ・ソウルに参加しているギャラリーオーナーのルシアン・ツォは、「昨年初めて出会った韓国の顧客が今年は開幕直後に挨拶に来てくれたり、作品を買ってくれたりするようになっている。私たちにとっては大きな一歩だ」と満足を示している。
そのほか、ガレリア・コンティニュアはアニッシュ・カプーアの彫刻を含む作品を60万~80万ポンドで、リッソン・ギャラリーはスタンリー・ホイットニーの絵画を55万ドルで、ソウルに拠点を持つリーマン・モーピンは15点以上の作品を2万〜19万ドルで販売した。また、韓国のアートシーンを牽引するKukje Galleryは49万ドルの朴栖甫(パク・ソボ)の作品を含む多数の作品、Gallery Hyundaiはイ・ソンジャの作品を9000〜45万ドルで販売した。
展示ラインナップに見る国際交流
韓国アート・マネージメント・サービス(KAMS)と現代総合研究所(Hyundai Research Institute)が今年発表したレポートによると、昨年のフリーズ・ソウルでは4日間に約7万人の来場者を集め、6500億ウォン(約4.88億ドル/720億円)以上の作品が販売されたという。フリーズの進出により韓国のアートシーンはかつてない注目を集めるいっぽうで、欧米の大手ギャラリーが地域のギャラリーやアーティストへのスポットライトを奪うのではないかという懸念もある。
こうした声に応えるかのように、フリーズ・ソウルは初回からアジアの若手ギャラリーに焦点を当てた「Focus Asia」というセクションを設立。同セクションでは今年、2011年以降に設立された10のギャラリーによるアーティストの個展が行われており、日本からはYutaka Kikutake Galleryが来年のヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展に日本館の代表作家として参加する毛利悠子、大阪のMarco Galleryが木彫作家・葭村太一の作品を紹介している。
Yutaka Kikutake Galleryでは、今年の第14回光州ビエンナーレで毛利が発表したインスタレーションのシリーズ「I/O」から生まれた新作《一/口》や、フルーツの内部で生じている微細な変化を音に変換する代表シリーズ「Decomposition」の最新作、写真の作品群などを展示。ギャラリーオーナーの菊竹寛は、今回の展示は「毛利の作品の世界観を様々なかたちで伝えられるようなブース」だとし、コンセプチュアル的な作品であるにもかかわらず、韓国の鑑賞者は「難しい作品でも見慣れている」と語っている。
前述のタデウス・ロパックも、欧米と韓国のアートシーンをつなげようとする国際的なギャラリーのひとつだ。同ギャラリーは今年、韓国系のアーティストであるザディ・シャとチョン・ヒミンを取り扱うことを相次いで発表。そのソウル・ギャラリーでの展覧会に加え、韓国国内の美術館やアートセンターではシャ、チョン、アンゼルム・キーファーなどの取り扱いアーティストによる個展を現在開催している。同ギャラリーのラスティンは、「国際的なアートを紹介したいと同時に、地元のアートシーンに溶け込むこともとても重要だ」と話す。
また、オールドマスターから20世紀後半まで古今東西のアートを紹介する「フリーズ・マスターズ」セクションに出展しているGallery Hyundaiのディレクターは、今年同セクションで紹介される韓国人アーティストの人数が増えたと感想を述べている。
同セクションでは、ベルギーと香港にスペースを持つアクセル・フェルフォールド・ギャラリーがユン・ヒョングン、キム・スージャ、チョン・チャンソプなど韓国の代表的なアーティストの作品を、ルチオ・フォンタナやギュンター・ユッカーなどヨーロッパ戦後の重要なアーティストの作品とともに紹介。その組み合わせの意義について、ギャラリー創設者であるボリス・フェルフォールドは次のように話している。「私にとって、平和的な行動を通じて、世界をより理解あるものにする方法。つまり、アートは国境を越えるものだ」。