社寺が数多く存在し、多国籍の観光客で賑わう街・京都には独特の環境音がある。「アンビエント・ミュージック(環境音楽)」をテーマにした展覧会を行うなら、京都はふさわしい街だろう。
「アンビエント」をテーマに昨年初開催された「AMBIENT KYOTO」の2回目が、10月6日に開幕した。
今年のAMBIENT KYOTOは、展覧会とライブの2部構成。展覧会は、昨年の京都中央信用金庫 旧厚生センターに加え、京都新聞ビル地下1階でも開催されている。前者では、コーネリアス、バッファロー・ドーター、山本精一らによる作品が3フロアにわたり展示されており、印刷工場の跡地である京都新聞ビル地下の広大な空間では、坂本龍一+高谷史郎によるサイトスペシフィックなインスタレーション《async – immersion 2023》が展開されている。
このような構成について本展のプロデューサーのひとりである竹下弘基(TOW)は、「美術手帖」の取材に対して次のように述べている。「昨年は、ブライアン・イーノを新しい世代に再発見してもらうことにフォーカスしていたが、今年はアンビエントの定義を広げて発信していきたいという思いで、作家の選定や作品体験のデザインを行った」。
2つの会場について竹下はこう続ける。「京都新聞地下1階の会場は、真摯に音と映像に向き合って見ていただくかたち。作品自体も、ブライアンからの流れのようなかたちで座ってゆっくり時間をかけて鑑賞してもらえる。旧厚生センターのほうは、光や音を体感していただく体験性をより意識して作品の展示をしている」。
坂本+高谷の作品は、坂本が2017年に発表したスタジオ・アルバム『async』をベースに、高谷が日本、ドイツ、アイルランド、アメリカ、モロッコなど世界各地で撮影した約26本の映像を組み合わせて編集を加えたものだ。
高谷は、「async」=非同期の/同期していないことが同作のコンセプトだと話す。「音楽はアルバム1本分で約1時間。映像はそれよりちょっと長くて1時間強あるので、音楽と映像はどんどんずれていく。2つのタイムラグが重なっているような感じだ」。
音楽と映像がシンクロしていないため、鑑賞のタイミングによって同じ映像を見ていても聞こえる音楽は違う(または、同じ音楽を聞いていても上映される映像は異なる)。例外的に、特定の曲を対象とした映像や楽曲の朗読部分に対応するテキストが流れる場面のみ、シンクロするように編集が加えられているという。
作品に登場する映像には、森、海、波、鉱物など、地球の長い歴史を想起させる自然のなかで撮影されたものがあるいっぽうで、図書館やニューヨークの坂本のスタジオ、庭などで撮影された親密なシーンも含まれている。高谷は、今回の作品で坂本自身が所有していたピアノの映像のほか、宮城県農業高校で発見された、東日本大震災で津波に襲われたピアノの映像が初めて使われていることも強調している。
「坂本さんは津波で壊れたピアノに出会ったときに、『音楽の終わりを感じた』と言っていた。しかしその音を聞いているあいだに、工業的な力で人工的に調律されていた音が自然に戻っていこうとしていることに気づき、終わりでなく、新しく生まれてくる音の始まりなのだと感じたらしい」。
いっぽうの京都中央信用金庫 旧厚生センターでは、コーネリアスの最新作『夢中夢 -Dream in Dream-』収録「火花」のカップリング曲が、360度に配置された20台のスピーカーから鳴らされる立体音響と、高田政義による照明がシンクロする作品《QUANTUM GHOSTS》をはじめ、映像クリエイターによる映像作品とともに上映されたバッファロー・ドーター、山本精一の新曲を楽しむことができる。
「全体の立体音響を担当したZAKさんや照明の高田政義さんを含めて、クリエイターとして国内トップレベルの方々が、細かいこだわりをもって、最後まで納得できるかたちで本展の準備をしてきた。音響設計や音の体験としてはすでに国内の最高峰になっているのではないか」と前出の竹下は述べつつ、本展に対して次のような期待を寄せている。
「坂本さんの追悼の時期に、日本で大規模インスタレーションを見ることができるのはこれが最初で最後の機会かもしれない。その功績をぜひ作品のなかで感じていただきたい。また、コーネリアスさんなど海外でも高い評価を受けているアーティスト陣の作品も、音楽に向き合える体験空間で楽しんでいただけたら」。