銀座メゾンエルメス10階にある40席のプライベート・シネマ「ル・ステュディオ」。2019年は「夢を追いかけて」を年間テーマに据え、マルセル・カルネ監督作品『悪魔が夜来る』や、ルイス・ブニュエル監督作品『自由の幻想』、マン・レイ監督作品『ひとで』といったラインナップを展開してきた。そして10月は、ロシア映画の巨匠、アンドレイ・タルコフスキー監督(1932~86)による自伝的映像詩『鏡』(1974)が上映されている。
父親が詩人のアルセニー・タルコフスキー、そして母親の教育方針もあって、幼少期より音楽や絵画などの芸術を学んだタルコフスキー。54年に国立映画大学に入学し、映画監督のミハイル・ロンムに師事。同学の卒業制作では、アンドレイ・コンチャロフスキーとの共同脚本による短編『ローラーとバイオリン』(1960)を監督した。
その後62年に『僕の村は戦場だった』で長編デビューし、ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞。その後も『惑星ソラリス』(1972)、『ストーカー』(1979)、『ノスタルジア』(1983)など数多くの名作を手がけた。さらなる表現の自由を求めたタルコフスキーは、84年にソ連から事実上の亡命を宣言。86年に『サクリファイス』を完成させるが、同年12月29日、肺がんのためパリでこの世を去った。
今回上映される『鏡』は、タルコフスキーが自身の幼少期を描いた自伝的作品だ。若き日の母と家族のもとを去った父、緑の草原と木立に囲まれた我が家、母が勤めていたモスクワの印刷所、雪の中の射撃訓練と初恋の少女、そして現在の自分や別れた妻と息子といったタルコフスキー自身と家族にまつわる記憶の断片が、カラーとモノクロームの映像を交えながら、叙情的かつ幻想的なタッチで描写される。
実際にタルコフスキーの母マリヤと妻のラリーサも出演しており、劇中、詩人である父親が自らの詩を朗読する場面もある。姿を現さない主人公の声は、名優インノケンティ・スモクトゥノフスキーが担当した。
また、ソ連による成層圏気球の飛行やスペイン内戦、第二次世界大戦、中国の文化大革命などの記録映像も挿入されており、当時の時代背景を色濃く映し出す作品としても知られる。