あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」展示中止をめぐり、参加アーティストたちが動き始めている。
8月22日に毒山凡太朗が独自のスペース「多賀宮」をオープンさせたのに続き、同じくトリエンナーレの参加作家である加藤翼が毒山とともに、別のアーティスト・ラン・スペースをオープンさせることを発表した。
トリエンナーレの会場のひとつである円頓寺商店街に誕生するアーティスト・ラン・スペースの名称は「サナトリウム」。参加アーティストたちが「表現の不自由展・その後」展示中止をめぐる騒動を受け、急遽立ち上げた一時的なスペースで、参加作家たちによって独自運営される。
加藤らはこのスペースについて次のように説明する。「なぜ『表現の自由』は守られねばならないのか?といった理念的な問いから、私たちアーティストは外圧・脅迫に晒されたときにどうやって対応するべきか?といった具体的な検討まで、開かれた議論をこの場で継続させ、アーティスト主導で公-パブリックに対し連帯を訴えかけていくためのプラットホームです」。
発表されたステートメントでは「私たちはアーティストたちの態度を共有しながら、トリエンナーレ実行委員会/アーティスト、右派/左派といった今回の騒動における二項対立の構造を超えて、この『サナトリウム』を本音の意見を交換できる場に育ててゆきたい」と説明。
「分断は何も生みはしない。私たちは『脅迫すれば、気に入らない展示を中止にできる』状況を直視する。そのうえで私たちは、市民から寄せられた抗議に真摯に向き合い、脅迫に対応する制度設計や精神を養うために、ここで具体的な手段を、テロ対策、防災、法律、建築、教育といった領域の有識者の視点を交えながら検討し、議論を蓄積させていく」としている(全文は本文末に掲載)。
スペースはイベントごとにオープンする不定期開場。現在は加藤と毒山の作品のみが展示されており、今後は同トリエンナーレのキュレーターのひとりでもあるペドロ・レイエスや、トリエンナーレ参加作家であるキュンチョメ、村山悟郎、藤井光、高山明などの作品が協議のうえ増設されるという。
加えて、運営サポートのためのボランティアスタッフや運営資金の準備、環境が整った段階で展示場として常時開場する予定だとしている。
8月25日にはオープニングイベントとして、「公開ディスカッション:『サナトリウム』の活用法を考える」を開催。これまでの騒動の経緯を振り返るとともに、アーティスト・ラン・スペースの必要性を作家間で確認し、参加作家たちがこれから「サナトリウム」を運営していくためのルールとオーダーについて協議するという。
私たちはここに一時的なアーティスト・ラン・スペース「サナトリウム」(sanatorium:療養所)を用意する。ボリス・グロイスは「キュレーティングすることは治療することである。」と述べた。「『キュレーター(curator)』という単語が、語源上『治療する(cure)』という言葉に関係するのは偶然ではないのだ。」(『アート・パワー』、現代企画室、2017)。このスペースにキュレーターはいないが、キュレーションという言葉が元来持つ「療養」という性格によって、いまこの状況の処方箋として機能することを企図している。 あいちトリエンナーレ2019は、一連の騒動によって、アーティストが、そして展覧会が政治的分断に巻き込まれている。私たちはまず、この傷を癒やさなければならない。私たちは分断のリスクをできる限り迂回し、冷静な態度による連帯の可能性を模索する。呼びかけ、橋渡しをし、情を喚起させる作品群を展示することによって、私たちはここに、なによりもまず連帯を促す姿勢を提示する。そして私たちは、あいちトリエンナーレの会期終了まで企画や作品を提案・募集する。賛同者が増すごとに展示内容は更新されていくだろう。 8月3日、「あいちトリエンナーレ2019」の実行委員会(津田大介芸術監督および大村秀章愛知県知事・実行委員会会長)は、この国際芸術祭内の企画の一つである「表現の不自由展・その後」の中止を決めた。その理由は大量によせられた抗議や脅迫にある。「(展示を)撤去をしなければガソリン携行缶を持って(美術館に)お邪魔する」「県内の小中学校、高校、保育園、幼稚園にガソリンを散布し着火する」「県庁等にサリンとガソリンをまき散らす」などと書かれた脅迫メールが770通、職員の名前を聞き出しネットに書き込むことや、「県庁職員らを射殺する」と書かれたメールが送られるなどの事例も起こり、対応するスタッフが精神的に疲弊し、事務局の機能がマヒしたからである。 「表現の不自由展・その後」の中止を受けて、韓国のアーティスト、イム・ミヌクとパク・チャンキョンの2名が展示を一時的に中止したことに加え、CIR(調査報道センター)がすでに展示を辞退、タニア・ブルゲラ、ピア・カミル、クラウディア・マルティネス・ガライ、レジーナ・ホセ・ガリンド、ハビエル・テジェス、モニカ・メイヤー、レニエール・レイバ・ノボ、ドラ・ガルシアが展示を一時中止している。(8/22現在) 事態を重くみた私たち参加アーティストは、8/12に津田監督を交えたオープン・ミーティングを開催した。そこではタニア・ブルゲラが「いかなる理由であろうとも、外部の力によって展示が閉鎖されれば、それは検閲である。」と訴え、キュレーターの一人であるペドロ・レイエスは「みんなの頭のなかに警察がいて、自己規制させている。それが問題だ。」と警鐘を鳴らし、そしてスチュアート・リングホルトが「私たちにはサナトリウムが必要だ。」と呟いた。 私たちはアーティストたちの態度を共有しながら、トリエンナーレ実行委員会/アーティスト、右派/左派といった今回の騒動における二項対立の構造を超えて、この「サナトリウム」を本音の意見を交換できる場に育ててゆきたい。分断は何も生みはしない。私たちは「脅迫すれば、気に入らない展示を中止にできる」状況を直視する。そのうえで私たちは、市民から寄せられた抗議に真摯に向き合い、脅迫に対応する制度設計や精神を養うために、ここで具体的な手段を、テロ対策、防災、法律、建築、教育といった領域の有識者の視点を交えながら検討し、議論を蓄積させていく。 「サナトリウム」を開設する円頓寺本町商店街のこの場所まで私たちが辿り着くことができたのは、この街で滞在制作をし展示をしているアーティストとそれを支えてきたスタッフ、そしてこの商店街の人々との協力関係によってもたらされた賜物である。また私たちは、トリエンナーレのボランティア・スタッフの人々が今回の騒動に戸惑いながらも、今もなおその時間と労力を割いてくれていることも知っている。私たちはそうした市井の人々にこそ議論を開いていかなければならない。なぜなら「表現の自由」にまつわるこの騒動は、美術関係者に限らず、現代に暮らす私たちすべてに関わる、公-PUBLICの問題でもあるのだから。未来に向けて自治の手段を構築していく第一歩が、美術館ではなく、市民との距離が近いこの円頓寺本町商店街で開かれることには特別な意義があると、私たちは確信している。 2019年8月22日 あいちトリエンナーレ2019参加アーティスト有志