山沢栄子という写真家をご存知だろうか。
山沢は1889年大阪生まれ。1920年代のアメリカで写真を学び、30年代から半世紀以上にわたり、日本における女性写真家の草分けとして活動した。当初はポートレイトの撮影を主な仕事としたが、晩年の80年代には抽象絵画のような作品を手がけ、96歳でその生涯を閉じた。
そんな山沢の美術館では約25年ぶりとなる大規模個展「山沢栄子 私の現代」が、東京都写真美術館で開催される。会期は11月12日~2020年1月26日。
本展では、現存する70~80年代の代表作を中心に、約140点を全4章で構成。あわせて、山沢に大きな影響を与えた20世紀前半のアメリカ写真を代表する作品を、同館のコレクションから紹介する。
まず1章では、山沢の仕事の集大成とも言える「What I Am Doing」シリーズ28点を展示。写真による造形の実験を重ねた山沢は「抽象(アブストラクト)写真」に行き着き、自身の過去作品や写真機材など、身近な素材をモチーフとして構築的な画面をつくり出した。
続く2章では、山沢が62年に出版した写真集『遠近』を紹介する。43~62年に制作された作品77点が収録された同書。そのほとんどはプリントやフィルムが現存していないため、写真集自体が重要な資料となっている。ここでは、山沢が写真の師であるコンスエロ・カナガに招かれてニューヨークに半年間滞在し、写実から抽象へ至った道のりを見ることができる。
3章ではTOPコレクションから、20世紀前半のアメリカ写真を展示。カナガが私淑したアルフレッド・スティーグリッツをはじめ、早くから抽象的な写真表現を志向した写真家たちの名作が並ぶ。そして4章では、「What I Am Doing」『遠近』以前の山沢の仕事を総覧。31年、大阪のビジネス街に写真スタジオを開いた山沢はポートレイトを多く手がけた。また戦時中には、疎開先の信州でたくましく穏やかに生活を営む人々の姿を撮影している。
学生時代、思想家・平塚らいてうの活動に共鳴し、女性の生き方について強い関心を持った山沢。留学先で写真家になることを決意し、帰国後は商業写真家として成功を収め、スタジオを閉じてからは自身の制作活動に集中していく。本展は、明治から平成まで激動の時代を「いつでも自分自身をはっきりと持って」歩み続けた山沢の生き方を追う、貴重な機会となることだろう。