「見えないレイヤー」をつくり込む
──前田さんは、15歳で親元を離れ、カナダのアルバータ州の小さな街で大自然に囲まれながら過ごした後、特殊メイクの勉強のために数ヶ月訪れたロサンゼルスでの縁が現在の制作につながったとのこと。まずは、作家活動のきっかけを教えてください。
前田萌子 幼い頃から絵を描くのが好きでした。本格的に制作を始めるのは、ロサンゼルスにあるポール・マッカーシーのスタジオに勤めた経験が大きく影響しています。そこで働く人たちは、それぞれがアーティストかアーティストを目指している人たちで、みなが創作に打ち込んでいました。わたし自身はシャイな性格で、自分が表に出て作品を発表するようなタイプではないと思い込んでいましたが、そのような環境に身を置くなかで「自分が表現するならどういう作品をつくりたいか」と自然に考えるようになりました。
自身の表現について模索するなかで、わたしは「癒し」というものに興味があることに気づきました。そこで着目した素材のひとつが「塩」です。アトピー性皮膚炎に罹っていたわたしには、海水療法によって救われたという経験があります。塩はそうした自然療法のひとつとして使われることもありますし、日本においては、古くから浄化や厄除けに用いられる神聖なものでもあります。そんな塩を使った塩水を窓際に置き、太陽光と月光に当てていると、結晶がそのかたちを変えていきます。そこに顔料を混ぜたりしながら、作品の素材として用いるようになりました。塩は時間や環境とともに変化し続けるものであり、人にとっても欠かせない存在です。
塩が結晶化していく過程はわたしにもコントロールできません。そこに、むしろ自然と協働しながら制作している感覚を覚え、面白さを感じています。変化していく物質に対して、わたしはただ観察することしかできないのですが、一介の管理人のような気持ちで見守っています。
──今回の「Erupts」シリーズにも塩が用いられています。顔料を混ぜた塩水を結晶化させてキャンバスに塗っていく前には、どんな制作工程がありますか?
前田 作品の表面にはほとんど現れないのですが、木製パネルにしばしば文字を書き込んでいます。その上から幾重にもレイヤーを重ねて、塗り込めてしまうので、完成してからそれらを見ることはできません。わたしは瞑想を習慣にしています。そのときによく文字が浮かんでくるのです。
浮かんでくる文字は、当初は走り書きのようなものでした。続けているうちに実在の文字だとわかるようになってきました。文章のときもあれば、一文字だけのこともあります。絵のなかに文字で「見えないレイヤー」をつくっていく行為は、わたしの制作において重要な工程となっています。わたしたちの身体の内側には骨や筋肉があり、血管が通っているように、作品にも内側に骨組みや筋組織となる見えないレイヤーを育んでいけたらと思っています。


さらに文字の上には、インドの伝統医学やヨガにおいて、人体に存在すると言われる生命エネルギーの出入り口である「チャクラ」に良いとされる果物やハーブ、花などの素材を混ぜた液体を塗り重ねています。人体には主要なチャクラが7つあると言われています。それぞれに結びつく色や栄養素があり、わたしの作品においてそれらは、重要な要素となっています。
──鮮やかな色彩も印象的です。「Erupts」シリーズは暖色の色調ですが、これもチャクラに関係しているのでしょうか?
前田 最初はモノクロで作品をつくっていたのですが、もっと多様な色と向き合ってみたいという気持ちが高じてきた際に、それぞれのチャクラを表す色を用いることに挑戦しました。「Erupts」シリーズは、そのうちのひとつです。

「Erupts」のはじまりは、夢のなかで得たインスピレーションでした。「己の内なる火山の蓋を開け 噴火せよ 道をつくれ」といった言葉が浮かび、マグマのような強烈なエネルギーのイメージが見え、黒、赤、オレンジ、黄、白といった色の奔流が頭のなかを満たしました。
その体験を忘れぬうちに、ハワイへ行って実際の火山のエネルギーを生で体感し、自身のなかにイメージをしっかりと定着させました。本シリーズは、第1から第3のチャクラと結びつく色であり、マグマのイメージにも一致した赤、オレンジ、黄色といった色を作品に用いています。これからもこうしたプロセスを繰り返しながら、徐々に異なる色とも向き合っていけたらと思っています。
──ロサンゼルスでは2度ほどパフォーマンス作品を手がけられています。どのようなものだったのでしょうか?
前田 最初のパフォーマンスをしたのは2012年でした。当時、描いていた絵と自分が直接的につながっていることを強く感じていて、その感覚をどう実体化すればいいかと考えた結果、借りていたスタジオで3日間にわたってパフォーマンスをしました。絵に糸を縫い付け、もう片方の先を自分の髪の毛に結びつけていきました。その行為を繰り返すうちに身動きがとれなくなってきたため、最後は髪の毛を剃って自分と作品を別離させました。
もうひとつのパフォーマンスでは、来場者に参加してもらいました。わたしの髪の毛に糸を結びつけてもらい、おのおの好きなところへもう片方を結びつけていくというものを行いました。わたしたちは日頃から、知らないうちにいろいろなものをつないだり、もつれさせたり、切れたり、またつなぎ直したりしています。その行為を可視化してみたいという思いから実施に至りました。
瞑想を通じて向き合う、言葉では表現できないもの
──続いて、テ・ホさんに制作についてお聞きします。制作の基盤には「瞑想体験」があるとうかがいました。いつから瞑想を始め、またそれがどのように創作活動に活かされているのでしょうか?
テ・ホ わたしの瞑想体験は、29歳のときに始まりました。それまでは自分の目で世界を見ていると信じていました。しかし瞑想をすることで、実際には他者の言葉や解釈を借りて世界を理解していたことに気づいたのです。
10年にわたる瞑想の経験を経て、39歳のある日、わたしは自身の内面の深い場所から、言葉では表現できないエネルギーが湧き上がってくる、この体験をかたちとして残したいと思うようになりました。それが創作活動を始めたきっかけです。
わたしは美術を専門的に学んだわけでもなく、特別な経歴があるわけでもありません。こうして芸術家として生きているのは、いまでも不思議に感じています。しかし瞑想を通じて、「自分が本当に表現したいものは、言葉では決して届かない」と気づき、絵を描くことを選びました。それはわたし自身が選んだ道であると同時に、誰かのためになる道でもあると信じています。
わたしは制作を始める前に、キャンバスの前で長い時間、瞑想を行います。そのなかで、様々なイメージが生まれては消え、消えては生まれというように、脳内で生成と消滅を繰り返します。こうした循環と静かに向き合い続け、わたしのなかでイメージが固まっていくのです。
──テ・ホさんの作品は、遠目からは大きな円が描かれているように見えながら、作品に近づくとそれがすべて細かな点で構成されていることに気づきます。この点描という手法を採用しているのはなぜですか?
テ わたしはキャンバスに無数の点を繰り返し打ち続けることで作品をつくっています。この行為自体を、わたし自身の修行そのものだと考えています。また、創作における思索の痕跡でもあります。わたしは、その一つひとつの点に、変わることのない真理を込めたいと思っています。


制作開始時には全体像は見えていません。そこから、自分の内面に静かな光だけが残っている状態になるまで、長い時間をかけて点を打ち続けます。この境地が画面に反映されて、鑑賞者にも伝わるのであればうれしいです。自分の作品が、誰かにとっての思考のきっかけとなり、瞑想のテーマとなることを願っています。
──テ・ホさんの創作では、光が重要なテーマのひとつになっています。同時に、豊かな色使いも印象的です。近くで鑑賞すると、じつに多くの色が画面に重ねられていることがわかります。自身の表現における「光」と「色」の関係について、どのように捉えていますか?
テ 光と色は、決して切り離すことのできない存在です。光があるからこそ色が生じますし、色があるからこそ光の存在をはっきりと感じ取ることができます。

わたしは、人と向き合うたびに、その人だけが持つ固有の美しい色を感じ取っています。それらと調和しながら、わたしは自分自身の色彩をキャンバスへ描きたいと思っています。わたしにとって色彩とは、人生であり、言葉であり、そして智慧そのものを表す存在なのです。
──最後に、日本で初めてとなる展覧会を開催したいま、お二人が新たに挑戦してみたいことや、これから見据えている展開についてお聞かせください。
前田 今後は、自然とともに生活できる環境に身を置きたいと考えています。具体的には、海水から塩を自ら精製していくことにも挑戦してみたい。わたしは自然の素材から多くを学んでいるので、その恩恵を受けながら創作していけたらと考えています。
テ わたしたちはただ「いま、この瞬間」に存在しています。すべては絶えず変化し続けているので、未来を予測することはできません。「初心」と「いま」を大切にした作品をつくり続け、より多くの人々の幸せに寄与できたら幸いです。そのためにわたしはこれからも中道を歩み続けていきたいと思います。



























