スターバックスでアートを味わう。水口貴文と遠山正道が語る「場」の思想

日本全国のスターバックス コーヒーには、店舗ごとに異なる美術作品が展示されているのをご存知だろうか。このアートの取り組みを推進するのが、スターバックス コーヒー ジャパン代表取締役最高経営責任者(CEO)の水口貴文だ。今年9月からは、スマイルズの遠山正道率いる「The Chain Museum」が開発したアーティスト支援アプリ「ArtSticker」とスターバックスがコラボレーション。ArtStickerのアプリで一部店舗の作品を楽しむことができる。ふたりが目指すアートの「場」と、その背景にある思想について話を聞いた。

聞き手・構成=編集部

左から水口貴文、遠山正道。スターバックス リザーブ® ロースタリー 東京内、「AMU(アム)インスピレーション ラウンジ」にて 撮影=稲葉真

プラットフォームではなく「場」をつくる

──現在、スターバックス コーヒーは日本全国に約1500店舗ありますが、多くの店舗で美術作品が展示されているということは、知らないかたも多いかもしれません。どのような理由から、こうしたアートの取り組みを行っているのでしょうか?

水口 はい。多くの店舗で様々な作品を見ることができます。スターバックスがアートに取り組む大きな理由としては、我々は、お客様に心温まるひとときを届けることを大切にしていますが、コーヒーと同様アートは人の心を豊かにしてくれるからです。美術館やギャラリーに行かなくても、いつも行くカフェにアートがあることで、より多くの人が気軽に楽しむことができます。そんな環境を目指し、ここ数年、より本格的にアートを取り入れています。

スターバックス コーヒー 目黒店。奥に見えるのがテキスタイルアーティスト・小林万里子の作品

──今年9月からは、遠山正道さん率いる「The Chain Museum」(*1)が開発したアーティスト支援アプリ「ArtSticker」(*2)とのコラボレーションも始まりました。ArtStickerのアプリ内で、全国のスターバックスにある作品の一部を見られるほか、「スティッカー」の機能でアーティストを応援できます。

水口 ArtStickerは、スターバックスが行うアートの取り組みを知っていただくとともに、作品をある程度集約して見ることのできる、とても良い機会だと思いました。ユーザー一人ひとりが「スティッカー」を通してアーティストのマイクロパトロネージュになり、アーティストをサポートするというArtStickerのコンセプトにも深く共感しました。​

ArtSticker 

遠山 そもそも私がなぜArtStickerやThe Chain Museumを始めたかというと、3年前のある「疎外感」まで遡ります。当時私ははるばるアート・バーゼル(*3)を訪れましたが、そこに並ぶのは数億円という高額な作品たち。それらを目の前にして、あまりに高額なので、ほしいけれど買えなかった(笑)。そして、ある種の疎外感とともに日本に帰ってきたわけです。

 その疎外感の原因は作品の価格だけではなく、アート・バーゼルには「メジャーしかない」という事実でもあった。それをきっかけにふと、音楽にもメジャーとインディーズがあるように、自分たちの身近にある作品がうまくつながったり流通したりするようなアーキテクチャを設計できないかと思ったんです。そして、表現の場であり、出会いとコミュニケーションの場でもあるThe Chain Museum、プラットフォームとしてのArtStickerをつくりました。

 スターバックスには「場を通じて価値観を提示していく」という基本スタンスがありますよね。そのスタンスとArtStickerには共通する部分が多いと思いました。

スターバックス コーヒー 京都BAL店 エントランス

水口 ArtStickerもスターバックスも、同じ「プラットフォーム」だととらえています。遠山さんとArtStickerのプロジェクトを進める直前の今年3月、若手アーティストの作品約80点を展示する「スターバックス コーヒー 京都BAL店」をオープンしました。

 そのとき、協働でプロジェクトを牽引してくれたSANDWICHの名和晃平さんと、「若いアーティストたちの作品を紹介するための、より開かれた場はどのようにつくれるんでしょうね?」という話をしていたんです。そして、ふたを開けてみると店内の作品はSANDWICHを窓口として問い合わせが相次ぎ、予想を越えたかたちで販売にも結びついた。未来をつくる人たちの作品が、日常のなかからお客様の手に渡る様子を見てすごくいいなと思っていたときに、遠山さんからArtStickerの話を聞いて、これは、全国の店舗に置かれた作品を見ていただける良い機会だと思ったんです。ArtStickerをきっかけに、スターバックスにアートを提供いただいているアーティストさんの作品をより多くの方に知っていただく流れがすぐに想像できました。

スターバックス コーヒー 京都BAL店 店内

遠山 京都BAL店って、スターバックスの看板が店内にないんですよね。場のつくりこみが徹底していて、「スタバさん、よくやったな。すごいな」と、正直思いました。そして、実際に作品が売れるという結果も出している。

水口 「プラットフォーム」という言葉を使うとすごくビジネス的ですが、遠山さんと私が共通して志向するのは、「場づくり」なのかもしれません。大切なのは、場があることで人が集まり、会話が生まれてコミュニティができるということです。

遠山 そうですね。私は20年前に「Soup Stock Tokyo」を始めるにあたり、企画書では一貫して「共感」というキーワードを登場させました。「作品のようにスープをつくる」というスタイルに共感してくれた仲間とともにスープを世の中に提案し、お客様や世の中とのあいだに共感が生まれれば、「スープ」というジャンルを超えた世界観をつくり出せるのではないかと思ったんです。いま、私がアートに関する取り組みをしているのも同じ意味合いが強い。アートの領域ではまだ「共感」が閉ざされ、限定的であるように見えます。ですから、アートにおける「場」は、耕すための余地がまだまだたくさんあるのではないでしょうか。

水口 同感です。

遠山 アートって、アーティストと鑑賞者だけじゃない関与の仕方がもっと自由にあるはずなんです。The Chain Museumではその前提のもと、何をできるか悩みながらを実験を繰り返している状態ですね。​

遠山正道 撮影=稲葉真

──実験といえば、今日、この場所(スターバックス リザーブ® ロースタリー東京)で行われ、遠山さんもスピーカーとして参加した「AMU Session」では、参加者がモデレーターとスピーカーを取り囲み、クロストークやフリートークを行う実験的なスタイルが印象的でした。

遠山 私はセッションに初めて参加したのですが、スピーカーと参加者がときには意見を交わし合い、みなさんの意見が四方からサラウンドで聞こえてくるようなユニークな体験でした。

水口 多様な人々がこの場所で意見を編み、新しい出会いをつくってほしい。その願いから「AMU(アム=編む)」と名付け、日本茶や若者の未来など、様々なテーマでセッションを行ってきました。この場で正解を出す、あるいは、偉い方の話を一方的に聞くのではなく、フラットなやりとりで意識を共有できる場として、これからも継続していく予定です。

8月1日、「日本茶のサステナビリティ」のテーマで行われた「AMU Session」の様子

同じ店舗はひとつとしてない

──さきほど、京都 BAL店の話がありましたが、各店舗の作品を選ぶうえで、指針となるようなテーマやコンセプトなどはあるのでしょうか?

水口 どの店舗でも、地域とコミュニティとのつながりを大切にしています。例えば今年3月にオープンした沖縄本部町店では、住民のみなさんとともに海辺のプラスチックゴミで作品をつくるワークショップを淀川テクニックさんとともに行い、そこからつくり上げていただいたアートを展示しています。また、昨年8月にオープンしたさいたま南与野店では、マイノリティの人々のPR活動を行う「一般社団法人Get in touch」のキュレーションにより、県内にある社会福祉法人みぬま福祉会のプロジェクト「工房集」のアーティストが同店のために制作した作品を展示しています。このように、一つひとつ、その地域にあわせて店舗をつくっていくことが私たちの大切にしていることです。アートはそのためのとても大事な要素になっています。

スターバックス コーヒー沖縄本部町店。淀川テクニック監修のワークショップで制作した作品《もとぶフローミー》が展示されている

遠山 多様性という観点で思い出したのが、The Chain Museumが自然電力株式会社と取り組んでいる「雑草」プロジェクト。今年スタートしたこのプロジェクトでは、アーティストの須田悦弘さんが手がける小さな鋳金作品《雑草》が、日常のすごく不思議なところにひっそりあり、位置機能情報でそれらをたどることができるんです。

水口 《雑草》は佐賀県の山の上にある風車でも展示されていますよね。

遠山 そう(笑)。作品として、そうした開かれた場所にあるシンプルでユニークなもの、難解なもの、その多様な振れ幅を大切にしたいと思っています。ただ、幅広いといってもなんでも良いわけじゃない。The Chain Museumなりのユニークさや、日常のなかにどう介入していくかみたいなことをいろいろ試していきたいんです。ですから、スターバックスの取り組みにはシンパシーを覚えますね。

唐津市湊風力発電所に設置された、須田悦弘《雑草》(2019)

作家と一緒に育っていきたい

──「場」や「多様性」という共通するキーワードのいっぽうで、これまでの話からはアーティストとその活動をサポートすることへの意識を感じました。おふたりの「サポート」に対する考えを教えてください。

遠山 サポートというよりは、一緒に育っていきたい、面白いことをやっていきたいという気持ちのほうが強いですね。「この作家・作品にBetしたい(賭けたい)」といった感覚も大切にしています。

水口 私も、いわゆる慈善事業ではなく、一緒に歩んでいく感覚がベースにあります。私がArtStickerに大きく共感した部分として、そのサステナブルな姿勢があります。通常、アートの世界は最終的には買う・買わないというところにつながっていきますよね。けれど若いアーティストにとっては、コメントと支援が一緒になった「スティッカー」によって、自分の作品を見てもらい、その人とのつながりを通して応援してもらえるというのはとても励まされることだと思うんです。ひとつのフローを通してアーティストに態度を示す。ArtStickerではそれを仕組み化しているところに感銘を受けました。

遠山 今回、スターバックスとコラボレーションしたことで、ArtStickerのダウンロード数が飛躍的に増えました。けれど、「スティッカー」の機能はまだそこまで活用されていません。実際に機能を使ってみるとすごく楽しいのでみなさんにも試してほしいですね。

水口貴文 撮影=稲葉真

水口 私は先日、ArtStickerですごく気になる作品を見つけたので、「大好きです」とコメントしました。難しいことを考えず、自分の思った感情を伝えれば良いと思うんです。いっぽうで、作品の背景を知るとアートがさらに面白くなり、会話も生まれる。そのことは、店頭に立つ私どものパートナーが作品について楽しそうにお客様と話しているのを見ると実感できます。

遠山 自分が作品を見て思ったことを言葉で表現し、それに周りの人が「いいね」をくれたり、アーティストから返事もくる。作品でコミュニケーションできる楽しさはぜひみなさんにも実感してほしいです。美術館と違って、おとなしくしていなくてもいいんです。

 スターバックスがサードプレイスという場を世の中に提供しているように、ArtStickerをはじめThe Chain Museumの活動を通して、アートにとってのサードプレイスと言えるような場を私たちなりに提示してきたいですね。

左から水口貴文、遠山正道。スターバックス リザーブ® ロースタリー 東京内、「AMU(アム)インスピレーション ラウンジ」にて 撮影=稲葉真

*1──スマイルズの代表取締役社長・遠山正道と、クリエイター集団「PARTY」が共同出資し、2018年に設立した会社。「ミュージアム」「プラットフォーム」「コンサルティング」という3つの事業モデルを掲げており、「ArtSticker」は同社で開発したサービスのひとつ。
*2──株式会社The Chain Museumが開発。アーティストを直接支援することで新たなお金の流れを生み出し、アートをよりひらかれたものにすることを目指すプラットフォーム。著名アーティストから注目の若手アーティストの作品まで、幅広く収録し、作品のジャンルも、インスタレーション、絵画、パフォーミングアーツなど、多岐にわたる。https://artsticker.app/r/dl
*3──スイス北西部の都市・バーゼルで毎年開催される世界最大級の現代アートフェア。例年、6月の4日間行われる。アメリカのマイアミ・ビーチと香港でも開催。

編集部

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