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藪前知子に聞く、過渡期におけるジェンダーの揺らぎと連帯の多様性

女性作家による作品だけを収蔵・展示する世界初の⺠間非営利の美術館「National Museum of Women in the Arts[通称ニムワ、NMWA]」。同館が主催する展覧会「Women to Watch」に今年、日本から初めて参加作家が選出された。3月8日の国際女性デーにあわせ、そのプロセスに寄与したキュレーター・藪前知子に話を聞いた。

聞き手=望月花妃

「New Worlds」より、長谷川愛の展示風景 Photo by Shigeta Kobayashi

──NMWA(National Museum of Women in the Arts)は、ワシントンD.C.に拠点をおく非営利の私立美術館で、女性アーティストによる作品のみを収蔵しているそうですね。理念を中心に、設立経緯も含めて、NMWAの概要を教えていただけますか。

 世界で初めて創設された女性作家専門の美術館で、美術品収集家のウィルへルミナ・ホラディが夫とともに60年代から収集してきたコレクションを中心に、1987年に開館しました。企画展のほかに、2〜3年に一度、世界各地の委員会が参加するグループ展「Women to Watch」を開催しており、今年で7回目となります。アメリカ各州と、世界各国でこの美術館の趣旨に賛同した有志による委員会がつくられ、それぞれがキュレーターを選出し、このグループ展に参加する作家を推薦し、さらにはその委員会が作家と作品をワシントンに送り出す金銭的なサポートもする仕組みです。今年は28の委員会が参加していますが、日本では21年にNMWA日本委員会が発足しました。インドとともにアジア圏から初参加となりますので、とても歓迎されています。

「New Worlds」より、青柳菜摘の展示風景 Photo by Shigeta Kobayashi

──2021年初春にNMWAから日本にグループ展参加の要請があり、急遽委員会が発足したとのことですが、日本支部においては誰がどのように選ばれ、どのように現在運営されているのでしょうか。

 アメリカでとくに金融界で活躍されてきた女性の方々がこの美術館の活動に賛同し、日本で美術に関心の深い方々に声をかけるかたちで日本の委員会が設立されました。男性も多くご参加されているのが日本委員会の特徴だと思います。その委員会から、今回は私が、「Women to Watch」に日本からアーティストを推薦するコンサルティング・キュレーターに選んでいただきました。私もNMWAの活動に賛同し、お引き受けしました。

 今年の展覧会テーマは「New Worlds: Women to Watch 2024」ということがアナウンスされていまして、キュレーター間の全体ミーティングなどもありました。この活動をベースに、各地でそれぞれ関連イベントを開催することが期待されていまして、日本では昨年の10月に丸の内界隈で、今回選出した5人のアーティスト(青柳菜摘、藤倉麻子、長谷川愛、石原海、渡辺志桜里)のグループ展「New Worlds」を開催しました。

「New Worlds」より、渡辺志桜里の展示風景 Photo by Shigeta Kobayashi

──以前、現代美術界におけるジェンダーギャップについてのインタビューのなかで、藪前さんは目の前でできる対応について問われた際、「自分にできることは、女性作家についての言説とアーカイヴを増やしていくことです。残していかないと、ないものとされてしまう」と答えていらっしゃいました。そのうえで、今回のキュレーターとしての活動の意義について教えてください。女性という枠を設けてから誰か(=特定の女性)を選ぶことについて、その功罪などをどのようにお考えですか。

 個人的には、「女性」が重要というよりも、これまで中心的な価値をつくってきた「男性」だけではない、複数のアイデンティティが共存する状態が認められるということが重要だと考えています。クィア、あるいはインターセクショナリティなど隣接する議論との関係がしばしばトピックになりますが、「女性」という一つのアイデンティティについてだけ主張するなら、男性中心主義の反転になってしまう危険があるのではないかとしばしば感じます。

 ただ、現在のようなジェンダーギャップ解消に取り組む過渡期においては、アフォーマティブに、女性作家の表現を、その冠のもとに見せることは重要なアクションだと思います。いままで隠されてきた表現、価値観を、社会につなぐことが必要です。

「New Worlds」より、石原海の展示風景 Photo by Shigeta Kobayashi

──美術の世界では、「女性」というアイデンティティが良くも悪くもいろいろな意味を持ってしまいます。

 女性というアイデンティティが最初に来るのではなく、抑圧されてきた考えや主題・手法のネットワークを引き出していくと、最終的に複合的なアイデンティティが引き出される。それはこれまで美術史の中心を担ってきた男性が持っているものとは別のものでしょう。女性だから正しいのではなく、その過程をその都度たどることが重要なのだと思います。

──とてもよくわかります。そうした藪前さんのお考えは、藪前さんの専門分野とも関係しているのでしょうか。

 私はモダニズムの研究が専門でしたが、モンドリアンの作品における身体性についてジョセフィン・ベイカーの影響などを引きつつ注目したり、モダニズムが残したものの評価軸を、フォーマリズムなどの中心的で絶対的に見えるものから、どのように複数化できるかを考えていました。その意味では、興味は変わっていないとも言えますね。

 最近は「女性の抽象絵画」という括りなどが言われますが、モンドリアンの新造形主義にしても、完成すれば男女の区別もなくなる、主体=アイデンティティすらも普遍化してしまう状態が目指されていた。岡﨑乾二郎さんが、抽象絵画にもっとも早く到達していたと言われるヒルマ・アフ=クリントの名前がなぜ残らなかったのかということの理由として、彼女の伝記映画のアフター・トークでこのことに触れておられたのが印象的でした。それが抽象という表現の持つ本当の可能性ではないかと私も思います。

 「New Worlds」の参加作家の皆さんともそうですが、最近、女性のアーティストと、男女の二項対立ではなく、性は常に揺らいでいて、そこにリアリティがあると話す機会が度々あります。そうした自分を発見していくことも、今後は性別問わず増えていくのではないかと思います。

「New Worlds」より、藤倉麻子の展示風景 Photo by Shigeta Kobayashi

──4月14日からは「New Worlds: Women to Watch 2024」展が開催されます。同展では28組のアーティストが紹介され、日本からは長谷川愛さんの参加が決まっています。どのようなプロセス・基準で選出されたのでしょうか。

 先ほども申し上げましたように、展覧会自体が各国の委員会からの推薦を、NMWAが引き受けるというものです。今回は彼らが長谷川さんを選出したかたちです。ただ今回とても印象に残ったのは、ワシントンD.C.では一人の作家しか作品は展示できないのである意味ライバル関係なのに、5名の作家さんたちがこの機会を通じて仲良くなり、誰が選ばれても応援したいと口々におっしゃっていたことです。こんな経験はほかのグループ展では感じたことないかもと言ってくれた作家もいましたね。このプロジェクトの期間中に、お二人が出産されたことも感慨深かったですし、シスターフッドという言葉がありますが、女性ならではの関係のつくり方があったのではと感じます。

── 最後に、国内の巻き込みについてお聞かせください。

 NMWAはジュディ・シカゴなどのコレクションをはじめ、とても重要な活動をしてきた美術館ではありますが、まだまだ日本における認知度は低いですよね。彼らの呼びかけで、主に国際女性デーを中心に、「#女性アーティストの名前を5人挙げられますか
」と「#5WomenArtists」というハッシュタグとともにSNSで発信するプロジェクトが、世界各国の美術館の参加とともに行われたりもしています。昨年から、日本委員会の方々の呼びかけで、日本の美術館もいくつか参加するようになりました。この美術館の活動の周知を通して、女性作家の活動を支援する動きが、さらに広がることを期待しています。

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