2020年11月に表現に携わる有志で設立された「表現の現場調査団」。現在は各分野における表現者や研究者などの16名で活動をしており、5年間の継続を前提に、表現の現場における様々な不平等を解消、ハラスメントのない「真に自由な表現の場を作る」ことを目的としている。
同団体は、1449名からの調査回答をもとにした「表現の現場ハラスメント白書2021」を今年3月に発表しており、表現の現場で深刻なハラスメントが多く発生していることを明らかにした。
また、そのハラスメントの大きな一因として、現場におけるジェンダーバランスの不均衡があげられる。同団体は、2021年4月より、表現の各分野ごとの知名度の高い賞やコンペティションなどの審査員や受賞者、また、教育機関における教員や学生のジェンダーバランスを調査した。
8月24日には、その調査結果をまとめた「ジェンダーバランス白書2022」を発表、第3回目の記者会見が開かれた。以下、その内容について、主に美術分野を取り上げてレポートする。
なお、教育機関のデータはすべて2021年度のものであり、美術学部における生徒数・教員数が対象。また、賞のデータは各分野で比較できるように2011年〜2020年の10年間に開催された賞の審査員・受賞者数を合計したもので、男性、女性、その他(グループなど複数人のパターン、Xジェンダー、ノンバイナリー、性別不明の人などを含む)で集計をしている。
美術系大学、賞、評論におけるジェンダーバランスの不均衡
美術系大学のジェンダーバランスを調査するにあたって、国立芸術大学、五美術大学、関西四美術大学、公立美術大学、その他私立美術大学、総合大学美術分野、美術系専門学校を対象とした。以下、東京藝術大学と東京五美術大学に焦点を当てて結果を紹介をする。
美術系大学の指導者と学生の男女比に大きな不均衡が
上記のグラフは、東京藝術大学と五美術大学(多摩美術大学、武蔵野美術大学、東京造形大学日本大学芸術学部、女子美術大学)の数値から、美術系大学における学生、教授の男女比を平均値で示したグラフだ。美術系学生の男女比率は男性26.5パーセント、女性73.5パーセントと女性比率が高いいっぽうで、指導する側の教授の割合は男性教授80.8パーセント、女性教授19.2パーセントと極めて女性比率が低い。この数値から、美術系教育機関では、指導される側とする側とのあいだに大きなジェンダーバランスの不均衡があることがわかった。
東京藝術大学の例を用いて詳細に結果を見ていくと、常務教員の中でも教授の男性の割合は9割にものぼる。逆に准教授や非常勤講師など教授に比べて決定権の少ない役職には女性を登用している割合が多いこともグラフから読み取ることができる。
これらの結果がもたらす弊害としては、「ロールモデルとなる女性作家に出会う機会が少ない」「相談相手が男性の指導者しかいない」「ジェンダーに関わる作品への無理解」などが挙げられ、深刻なハラスメントへと発展するケースもあるという。
また、学校法人の最終意思決定機関である理事会のジェンダーバランスについても調査結果が発表された(対象はデータが公開され、ジェンダーが判明している学長、理事長、理事会メンバー)。結果は、約90パーセントが男性であり、常務教員を超える数値であった。この結果は、教育機関において、様々な意思決定が男性を中心になされていることを意味している。
美術分野の賞・コンペティションの審査員と受賞者における男女比
上記のグラフは、美術分野における賞・コンペティションの審査員(10団体)、大賞受賞者(13団体)の男女比について数値化したグラフだ。審査員と大賞受賞者のジェンダーバランスがどちらも男性に偏っており、数値的にも近い結果となっている。
いくつかのコンペティションに焦点を当てて結果を紹介する。日本最大の総合美術展である日展では、2011年から2020年までの10年間で、大賞受賞者の80パーセントが男性、副賞受賞者においては95パーセントが男性と、ほとんどの受賞者が男性となっている。
また、絵画、写真、版画など平⾯全般を対象としている⾮公募型展覧会・VOCA展では、2011年から2020年の10年間で審査員が男性36名、女性21名、大賞受賞者は男女ともに5名、奨励賞受賞者は男性8名、女性12名となっている。本展覧会では『全国の美術館学芸員、研究者などに40才以下の若⼿作家の推薦を依頼し、 その作家が平⾯作品の新作を出品するという⽅式』(公式サイトより引⽤)がとられている。若手作家が多く選ばれるため、比較的女性率が高くなったのではないかと考えられる。
大賞の受賞は、作家のキャリアアップに大きな影響を与えるため、審査員の男女比不均衡から生じる受賞者の不均衡は、女性のキャリアアップの機会を奪っている可能性がある。
美術館でみられるジェンダーバランスの不均衡
美術館の個展開催における男女比
東京都現代美術館や東京国立近代美術館を含む15館を対象に調査を行った結果、過去10年間で美術館で個展が開催された作家は男性84.6パーセント、女性15.4パーセントとなった。個展も、作家のキャリア形成や作品購入という点において重要な役割を果たす。そのため、個展の機会が少ない男性以外の作家は作品購入の機会も少なくなることが考えられる。
美術館の購入作品における男女比
また、美術館の購入作品についても男女比の不均衡が生じている。調査の結果、購入作品数、購入作家数ともに男性作家が圧倒的に多いという状況が明らかになった。
文芸や演劇、映画分野でも生じる不均衡
上述では美術分野に焦点を当てて結果を紹介したが、これらの問題は文芸や演劇、映画業界でも同様に発生している。
文芸分野(小説・評論)においては、評価する側とされる側ともに全体の7割を男性が占めていた。そのなかでも、五大文芸誌(『群像』『新潮』『すばる』『文學界』『文藝』)が主催する文芸賞においてはそのジェンダーバランスは6:4と男女平等に近づきつつあるいっぽうで、評論を対象とした賞(小林秀雄賞、すばるクリティーク賞、群像新人評論賞)では男性の審査員比率が著しく高く、審査員・受賞者ともにほぼ100パーセントを男性が占める、きわめて異様な状況が明らかとなった。
演劇分野では岸田國士戯曲賞や近松⾨左衛⾨賞などの9つの戯曲賞、紀伊國屋演劇賞、毎⽇芸術賞など、劇作家以外も含む演劇⼈や、演劇作品に送られる6つの賞を調査対象とした。その結果、審査員や受賞者合わせて7割が男性であり、そのなかでも大賞受賞者の64%と過半数が男性であった。なかでも、岸田國士戯曲賞では審査員、受賞者ともに女性ゼロの年が多く、女性がいた場合でもひとりのみであった。
映画分野では、日本アカデミー賞や毎日映画コンクール、東京国際映画祭など19団体を調査対象とした。この分野でも審査員は74.3パーセント、受賞者も81.2パーセントが男性という状況。日本アカデミー賞では受賞者の96.9パーセントが男性であった。
これらの結果を踏まえて田村かのこ(アートトランスレーター)は会見にて以下のように述べた。「現在、各分野の現場にて女性比率は良くて30パーセント、10パーセントに満たない場所もある。女性を増やそうと意識している組織や団体も増えてきているが、白書のなかで三浦まり氏が指摘したとおり、女性は3割いれば良いのでは、といった意識がこの事態の改善を阻んでいるのではないか。また、女性側が幾重にもなる不均衡を突破したとしても、女性アーティストというくくりで呼ばれてしまうという現状がある。自分の表現で、実力で、勝負したいのにそれ以前の段階で自分が選んでいない性別で判断が下され、土俵にすら上がれない悔しさを想像してみてほしい。これらの調査資料をもとに、いまの状況を変えたいと思う人々の武器となって、変化を起こすための行動の後押しとなることを望んでいる。とくに指導的立場にある人々、組織の意思決定に関わる立場の人々、権力を持つ人々に公平で多様性が確保された場に変えていくことに活用してほしい」(一部抜粋)。
また、調査を支援した荻上チキ(社会調査支援機構チキラボ代表、評論家)は「潜在では女性の表現者は多いが、評価するのもされるのも男性。居場所を失った表現することが好きな女性は消費者に回ってしまうという現状がある。本調査を行ったことにより、いままで言われてきた『気のせいだ』という言葉を跳ね返すことができる。この結果を経て、現状を確認し、各分野のジェンダーバランスを整え、各種ハラスメントを撲滅していくことにつなげてほしい」(一部抜粋)と語った。
同団体では本調査と並行して、表現系教育機関の新入生に向けたハラスメントから身を守るためのリーフレットを制作している。リーフレットを希望する大学には無料で配布を予定しているので、ウェブサイトより申し込みを行ってほしい。また、今後も調査を継続するための寄付も募っている。こちらもウェブサイトにて確認してほしい。