言葉で紡ぐアートと生活。Yutaka Kikutake Gallery・菊竹寛インタビュー

2015年、菊竹寛によって東京・六本木に開廊した「Yutaka Kikutake Gallery」はNerhol、新里明士、田幡浩一、古橋まどか、平川紀道、小林エリカ、三瓶玲奈、本山ゆかり、小左誠一郎、向山喜章などによる、絵画、写真、彫刻、映像といった幅広いジャンルの作品を紹介している。代表の菊竹寛に、5周年を迎えるギャラリーのこれまでとこれから、そして自身が手がける生活文化誌『疾駆』の新プロジェクトなどについて聞いた。

聞き手・構成=編集部

菊竹寛、東京・渋谷の「OIL by 美術手帖」実店舗にて

アーティストと成長した5年間

──2015年7月に東京・六本木に「Yutaka Kikutake Gallery」をオープンさせ、今年で5周年を迎えます。菊竹さんは独立までの10年間、タカ・イシイギャラリーに勤務されていましたが、まずはどのように美術に興味を持たれ、ギャラリストを志したのか、教えていただければと思います。

 僕は、高校時代から「文学部以外行く意味がない」というくらいに文学が大好きで、大学も文学部です。僕の地元は福岡の太宰府で、歴史的なものはいっぱいあるけど、現代美術の文脈にあるような、新しいものを見られるチャンスはなかなかなかったので、美術については百貨店の展覧会に見に行くくらいでした。でも、美術は分け隔てなくずっと好きでしたし、それが世界を変える根源的なエネルギーだとは、いまも信じています。

 2003年に横浜美術館で「中平卓馬展 原点復帰─横浜」という展示がありました。そのときにタイミングよく中平さんのエージェントのかたに会えて、中平さんの撮影に同行させてもらったりして、とくに写真への興味がそこから強くなりました。

 大学院に進んでからは、写真史の研究や美術史の勉強をしつつ、川崎市の岡本太郎美術館で、岡本太郎が残した大量の写真をひたすら仕分けしてデータ化し、アーカイブするというアルバイトをしていたんです。ただ、そのまま学芸員資格を取って、美術館で働くことを目指すのはちょっと違うなという思いもあり、1年間だけ出版社で仕事をしていました。その仕事がすごく忙しく、わずかな時間で展覧会でも見にいくかと、タカ・イシイギャラリーのホームページを見たら、スタッフの募集が出ていたので応募したんです。

 なぜタカ・イシイギャラリーだったかというと、岡本太郎美術館でアルバイトしていたときの直属の上司に「あなたみたいな人はタカさんみたいな厳しいところで仕事したらいいんじゃない」と言われていたんですよ。当時は勤怠不良だったこともあり……。そのひとことがなぜかその日にフィードバックしてきたのが大きいですね。

──独立するまでの10年間、タカ・イシイギャラリーに勤務されましたが、どのようなアーティストを担当されていたのでしょうか。

 最初に担当させてもらったのは畠山直哉さんと村瀬恭子さんです。そこから次第にいろいろなアーティストを担当するようになりましたね。でも、一番最初は英語もへたくそで、できる仕事がなかったし、掃除でも鉛筆削りでも、仕事があればなんでもやりますといった感じでした。

 僕にとってタカ・イシイギャラリーは実家のような場所ですが、働きつつもタカ・イシイギャラリーや日本のアートシーンが10年後20年後どうなっているのか、そのとき自分はどういう立場でアーティストと仕事をしていられるのかを考えていました。若いアーティストがタカ・イシイギャラリーで作品を発表するメリットはとても多いです。世界とつながっているし、いろんなお客さんもいて、スピーディにステップアップできる可能性はあります。

 けれど、僕自身がいちから一緒にアーティストと成長していくおもしろさもあるのかもしれないと考え、「じゃあそっちに賭けてみるか」と。結構見切り発車だったんですよね(笑)。

 だから、本当にゼロからのスタートです。もともとスタート前に交流があったアーティストもNerholと平川紀道さんくらいで、あとは地道に声をかけていきました。

Nerhol「釘がないので」(2019、Yutaka Kikutake Gallery) (C)Yutaka Kikutake Gallery
三瓶玲奈「水の重さ、滲む光」(2019、Yutaka Kikutake Gallery) (C)Yutaka Kikutake Gallery

──菊竹さんが「このアーティストと仕事をしたい」と思う基準はどういったものでしょうか?

 ひとつめは、その人が死ぬまでアーティストを続ける気があるかどうか。ふたつめは、作品をつくることに関して主体的であるか、意識的であるか。意識のレベルはアーティストによりますが、どれくらい自分のつくるものに関して自覚的なのか、ということです。話をしながらこのふたつを持っているアーティストだとわかれば、あとは直感かもしれません。ただ、作品の傾向だけを見てアーティストを選ぶということはしていませんね。

──アーティストと、どのようにやりとりをしながら創作をサポートしていくのか教えていただきたいです。

 全部ですね。例えばこういう作品をつくりたいと話があれば、素材をリサーチしたり、どういう風に仕上げていけばいいかの相談に乗ったりします。コンセプトそのものを一緒に考えたりすることもあれば、ステートメントを書く手伝いをすることもあります。制作、発表、販売、アーティストの人生に関わることは、なんでも一緒にやっています。

──逆に言えば、なんでも一緒にできるように、ギャラリストとしてアーティストに対してつねに開かれている状態である必要があるわけですね。

 そうですね。プロジェクトの時期によって頻度の濃淡はあれど連絡はこまめにしますし、アーティストが制作に集中できる環境をつくるために、その他のサポートはギャラリーができるのが理想です。

 うちのギャラリーは若いアーティストが多いので、アルバイトをしながら制作を続けている人もいますし、その状態で生活と制作とのバランスを取り続けていくのは大変なことです。ギャラリーとしてもまだ若いので、僕もまだまだがんばらなければいけない。でもいつかは、アーティストが完全に制作に集中できるような環境をつくってあげたいと思っています。

──オープンから5周年を迎えましたが、振り返ってみてどのような5年間でしたか?

 山あり谷ありを楽しんでいました。自分でギャラリーを運営するというのは、ギャラリーのプロジェクトを行うだけではなく、真面目な雰囲気を装って運営や経営も考えなくてはいけません。正直なところ、いかにして精神を鍛えるかみたいなことを考えたときもあって、瞑想しようかなとか、身体を鍛えて直感的に動けるようにしようとか、いろいろ考えたりもしましたね(笑)。

 あっという間だったというのもありますし、アーティストといっしょに成長していく醍醐味や楽しみがありました。僕もアーティストも成長段階で、それでも少しずつプロジェクトが増えたり、作品がアップデートしたりしているわけで、それは嬉しいことです。

──国内では海外のコレクターへの販売の比重が多いギャラリーも多いですが、Yutaka Kikutake Galleryはいかがでしょうか?

 僕のところはそうでもないですね。8:2くらいで国内のコレクターさんが多いですね。まだ海外に関しては開拓できていないところがあるので、伸び代があるなと思います。今後は少しずつ海外のアートフェアなどにも出していこうと思っています。

 取り扱いアーティストですと、Nerholは少しずつですが海外のコレクターからの問い合わせが増えています。また、海外でのプロジェクトの数が多いのは平川紀道で、世界各国の映像のフェスティバルや芸術祭などに、フットワークも軽く次々に展示しています。向山喜章も2018年にラスベガスのアーティスト・イン・レジデンスに参加するなど、活躍の場は海外に広がってきています。

平川紀道「Datum」(2017、モエレ沼公園 雪倉庫) (C)Yutaka Kikutake Gallery

 

向山喜章「Vendarta 100- Six Elements and the Seasons」(2018-19、Mandalay Bay Convention Center, Las Vegas) (C)Yutaka Kikutake Gallery

美術と生活を「言葉」でつなぐ

──菊竹さんはギャラリーを始める前から、編集長として生活文化誌『疾駆/chic (シック)』を編集し、現在に至るまで定期的に刊行しています。ギャラリーの運営と並行して「生活文化誌」を刊行しているのはなぜでしょう?

 『疾駆/chic 』を始めたのは2014年の春だったと思います。日本人はアートが大好きですが、マーケットはまだまだ小さい。タカ・イシイギャラリーの石井さんや小山登美夫ギャラリーの小山さんなど、先行する世代のギャラリーの方々が、海外の事例も参照しながら日本の現代アートのマーケットをつくってきました。まだまだ小さいながら日本にも現代アートの世界があって、みんなが新しいことに挑戦しています。

 ただ、根本的に、アートを通じて新しいことをやるとは、どういうことなのだろうと考えてみたかったんです。いろんな人にアートワールドの中に入ってきてアートに触れてもらい、現代アートを文化としてどのように愛でていけるかを考え、チャレンジしながら小さな世界をもっともっと大きくしなければと思いました。そうすれば、アーティストも生きていけるし、美術史もおもしろいものになる。

 そうしたなかで、2009年に村瀬恭子さんが個展「Fluttering far away / 遠くの羽音」を豊田市美術館でやったことがあり、そのときのタカ・イシイギャラリーの担当者が僕、豊田市美の担当者が同い年の鈴木俊晴くんでした。展覧会をつくる過程でふたりでいろいろな話をしながら、飲み友達になって、一緒に『凶区』という芸術批評誌を出すことになったんです。この『凶区』を、生活と接続できないだろうかと、ずっと考えていたんです。

 この考えをNerholの田中義久さんに話したら「すぐにやりましょう」となって、半年で刊行することができました。生活はすでにみんなのもので、そこにはアートもすでにあるはずで、それをどう起こしていけるのかを考えながら、アーティスト、批評家、文学者など、様々な人の文章や写真で構成しています。

『疾駆/chic (シック)』

──お話を聞いて、菊竹さんはアートを画一的なものではなく、もっと総合的にとらえられていると感じました。『疾駆』とのコラボレーションとして、渋谷パルコのOIL by 美術手帖の実店舗で「アーティスト・カクテルズ―愛すべきアートの話し」が開催中(2020年1月8日〜13日)です。こちらは「お酒とアート」をテーマに、作品販売やアーティスト考案のカクテルを提供する企画ですね。

 『疾駆』と、ギャラリーのプロジェクトをもっと交差させていきたいという思惑がありました。ゆくゆくはアートを中心に、衣食住全般にアプローチできる場所をつくりたいなと思っています。

 例えば、レストランの器はすべてギャラリーのアーティストがつくったもの、お酒もアーティストのレシピ、食事も『疾駆』に協力してもらっているシェフのメニューなど、そういった総合的なことができたらと思っていて、今回はその第一歩といったかたちです。

「アーティスト・カクテルズ―愛すべきアートの話し」(OIL by 美術手帖、2020)の展示風景
「アーティスト・カクテルズ―愛すべきアートの話し」(OIL by 美術手帖、2020)で提供の平川紀道考案のカクテル「xyz'」

──Yutaka Kikutake Galleryではなく、『疾駆』のプロジェクトとして実施するのはなぜでしょうか?

 Yutaka Kikutake Galleryは、作品を中心にアーティストとともに活動するコアとなっていて、『疾駆』はその出先機関のようなものとして考えています。コアの部分のクオリティは絶対に落としたくないですが、クオリティを落としたくないがゆえに間口を狭めているとしたら、間口を広げる方法を考えないといけない。『疾駆』を通じて、幅広い人たちにアートの魅力に触れてもらえたらいいと思っているんです。『疾駆』だからこそチャレンジできることもいっぱいあるわけです。

 本来は双方でひとつの活動として見せていきたいのですが、ギャラリーを成り立たせることも大変だったし、『疾駆』を続けるのもてんやわんやではあるので、なかなかそこまで到達できませんでした。ただ、そろそろ双方のあるべきかたちがはっきり見えてきたところもあるので、今後はいろいろと混ぜていこうと思っています。

 『疾駆』ではほかにも、「疾駆Drop」というプロジェクトを開始しました。アーティストといっしょに、お皿だったりエプロンだったりといった生活のなかのものを、なるべく少ないロットで、たくさんつくっていきたいと思っています。アーティストたちのつくるエネルギーや技術はすごいし、それが最大限に出てくるようなものを、生活のなかに落とし込みたいんです。

 最初は新里明士さんと、器をつくりました。新里さんは最近、小さな穴が空いているセラミックの立体作品を制作しています。「疾駆Drop」では、作品半分、プロダクト半分のものをつくりたかったので、小さな穴がたくさん空いている、ちょっと使いづらいけどおもしろい器ができあがりました。また、今度はペインターの三瓶玲奈さんに、キャンバスのハギレを使ったコースターをつくってもらおうと計画しています。他にもいろいろとアイデアを練り練りしていますよ。

「疾駆ーDropー」の新里明士の器

──ギャラリーに来たコレクターにとっても生活とアートという観点は参考になりますよね。例えば「部屋にどう飾ったらいいか」といった相談にのることは多いのでしょうか?

 もちろんありますし、なんだったら、全部コーディネートしますよという感じですね。気軽に聞いていただければと思っています。キッチンならこの作品、リビングならこの作品といったように、いくらでも相談に乗ります。

 ギャラリーが売りたいものを売るというより、コレクターが持っているほかの作品や、飾っている部屋の雰囲気との合わせなどを加味して提案することが必要です。買い手のコレクションをつくってあげるのもギャラリーの仕事ですからね。

 初めて作品を購入したいというお客さんに出会うと嬉しいですね。「このぐらいの値段で、こういう雰囲気の作品はありますか」といった相談に応えることは、とてもやりがいがあります。みなさん、美味しいコーヒーを飲みに来る、くらいの感じでギャラリーに来ていただければと思っています。

──アートの円を広げることを意識されている菊竹さんですが、いまの日本のアートマーケットに状況ついて、どのように考えているのかを教えていただきたいです。

 僕がタカ・イシイギャラリーに入った07〜08年頃は、東京がアジアのアートシーンの中心になれるんじゃないかという期待もあったし、アートフェアにもいろいろなギャラリーが出ていました。

 でも、現在の日本のアートシーンに停滞感があるのはたしかだと思います。状況も日々変化していて、中国のマーケットがあれだけ大きくなっている一方で、香港は民主化デモで揺れ動いています。

 東京に関していうと、これからどうやっていくかを真剣に考えないといけません。このまま少しずつ影響力を落としてしまうのか、あるいは独自の場所として存在感を出していくのか。そういう意味では、過渡期だと思います。美術系大学などの教育機関、ギャラリーや美術館、メディアなど、美術に関係しているところがすべて一体となってプロジェクトをつくるなど、もっと風通しよく何かができる環境になれば、新しい動きや将来性が見えてくるのではないでしょうか。

 みんながバラバラに動いているので、美術系の大学でアーティストを目指している人でも、ギャラリーが実際に何をしているのかは知らないとか、美術館のキュレーターがどういう仕事をしているのかわからないとか、そういった状況があります。もちろん、それぞれを可視化する作業はみんなしていると思うのですが、それだけではなくて、一緒にプロジェクトをつくっていくような規模感で、情報の共有をスムーズにできればいいと思います。

 美術館のシステムもいろいろと言わていますが、ギャラリーのシステムについても考えることが多いですね。世界のなか、日本のなかでアートのシーン全体を考えたときにどうあるべきなのか、みんなが一緒に考えた方がいいのではと思います。

菊竹寛、東京・渋谷の「OIL by 美術手帖」実店舗にて

──そういった状況を踏まえて、今後のYutaka Kikutake Gallery、あるいは『疾駆』は具体的にどういったプロジェクトを手がけていく予定でしょうか?

 今年から、蔵前の長應院の展示スペース・空蓮房と協力して「疾駆なになに?」というワークショップをスタートさせます。第1回は「楽しい現代アートの展覧会をつくる」というものです。平易なタイトルですが、「楽しいとはなに?」「現代とはなに?」「アートってなに?」ということを考えるきっかけになります。その結果を、展覧会としてまとめようというワークショップです。長應院の住職の谷口昌良さんは、日本でも随一と言っていいほどの写真のコレクションをつくったかたで、新たな学び舎をどのようにつくれるかを話しながら進めてきました。今年の春くらいから実現できそうです。

 また、直近ではアジアのギャラリー、アーティストの交流をもっと深めていきたいですね。ギャラリーのシステムやアートのマーケットも、基本的には欧米がつくって牽引してきたもので、それに対してのカウンターも考えてみたいんです。ソウルのキュレーターとも実際に動いていきましょうと相談していますが、アジアだからこそ持てる視野から美術の歴史を豊かにするようなことができれば良いなと思います。

 あと、ワインもつくりたいですね、本当にお酒が好きなので……ワイナリーをどこかにつくって(笑)。

──もともと文学を学ばれていたこともあると思いますが、評論誌や生活文化誌をご自身でつくるなど、菊竹さんは「言葉」を積極的に使ってアートの円を広げようとしているように感じられました。

 結局、最後に何が残るかというと、言葉だと思うんです。作品を残すための努力はみんなしてますが、歴史を記述するのは言葉だし、コミュニケーション総体を言葉ととらえるなら、やはり言葉が最終的には残る気がします。言葉でやりとりして、行動につながっていくわけですし。

 批評となると堅い印象ありますが、ひとつの作品の前で言葉を考えるようなところから始まると思っています。例えば作品を見て「明るい」と「きれい」という言葉が出てきたりすると、「明るさ」とは何か、「きれい」とは何か、など、言葉をきっかけにいろいろなことを考えることができます。批評とは、そういった考え方をつなげたものなのだと思っています。

 作品ってひとつの評価だけで語られるものではないじゃないですか。美術批評家が作品について語るのもひとつの作品のあり方で、当然そこからアートの歴史や構造を知ることができる。だけどそれだけではない。いろんな面、光の当て方があって当然だと思います。言葉によって、アートにまつわる様々なものがつながっていくといいですね。

Yutaka Kikutake Gallery

編集部

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