「中国がいまのような消費社会になる過程で、私たちは絶えず目の前に商品やサービスの選択を突き付けられてきました。私の生きた中国は、ポップ(大衆消費型の市場主義)な国であったから、私はポップアーティストになったのです」。
商品が大量生産され、大きなモールやメディアを介してひたすら消費される——。1960年代初頭にアメリカを席巻した大衆消費社会のイメージを素材として展開したポップアートは、変わりゆくモラルや価値観に誰もが疑問を感じるなか、その状況を逆手に取ることで批評性を獲得した。「社会のすべてがショッピングモールであり、ショールームだ」と徐震(シュー・ジェン)が言うとき、彼はポップアートの第1世代から受け継いだこの文脈にきわめて自覚的でありながら、自らが置かれた時代との駆け引きを明確にしている。
アニメやマンガなどの素材にナショナルな象徴性を与えて、国際的な美術市場に参入した先人には村上隆がいる。後続となる徐震にとっては、こうした特定の文化に向けられた先入観や決まりごとを牽制し、いかにして「国際性」のルールを自発的に定義づけるかが課題となっている。「ロンリー・ミラクル——中東現代美術展」(2009、ジェームス・コーハン・ギャラリー)では、自らが創作した「中東のアート」を架空のグループ展として展示し、当事者性を偽装することで安易なアイデンティティ政治の陥穽をアイロニカルに描いた。古典的なギリシャ彫刻を組み合わせて、千手観音をかたちづくった《ヨーロッパ千手古典彫刻》(2014)、ダンス、体操、精神的・文化的儀式から共通の動作を展示ケースに集めた《意識の身体》(2011)など、徐震は多文化の交配を強調する。
「この世界に国はない。ただ会社だけがあるのです」。ウォーホルの「ファクトリー」に始まり、メディア広告を武器にするジェフ・クーンズ、ショービジネスの元会計士とタッグを組むダミアン・ハーストなど、ポップアートと商業戦略との歴史は深いが、それ故に後続のアーティストには、それぞれの時代に呼応した独自の戦略が求められる。2009年、徐震は、「現代文化の無限の可能性のリサーチと、最先端のクリエイティブ生産に捧げる現代アート企業」として「MadeIn Company」を立ち上げ、13年にはブランド「徐震®」をつくり、自らのポジションを再定義する。「徐震®は、ブランドが生み出すアート作品やイベントの鑑賞・コレクションを通して、スピリチュアルな願望と最高度の生活体験を提供するイニシアティブです」。徐震のスタジオは、あたかも国際企業のように、様々な人種と国籍のスタッフ陣によって構成されている。
彫刻作品シリーズ「エタニティ」では、時間と空間にまたがる文化的要素の違いを背景として、ギリシャ・ローマ、ルネサンス、新古典派の彫刻に、勝利を告げるマラトン兵士と負傷したガラテヤ人の彫刻が加わり、涅槃仏の上に様々なポーズを取って、東西文化の遺産を集めた文化的ハイブリットを形成する。「社会の境界を越えて理解と感謝をもたらす永遠の涅槃仏」は、洋の東西、そして形式と精神性の融合と衝突を表している。
「エボリューション」では、古典文化の領域を脱して、より原始的で、サブカルチャーに近い境界線上で揺れる領域へと拡張する。ハイ/ローカルチャーの境界を取り払うかつてのポップアーティストの意志が、徐震においては博物館のように巨視的な視点から、古代までさかのぼって試みられている。
そんなアーティストとして、キュレーターとして、また会社の代表として、上海を拠点に八面六臂の活躍を続ける徐震。3月9日より開催される「アートフェア東京」では、ペロタンを通じて作品を出品する。どのような作品を見せる予定なのだろうか。「近作のコレクションを展示する予定です。これまで、現代のグローバリゼーションによってどのように文明の衝突し、そのなかで、新たな刺激や生命が生まれる様を、彫刻と絵画によって表してきました。『エターニティ』や『エボルーション』といった作品群によって私が伝えているのは、過去の文明さえも変えられる、ということなのです」。
そうした衝突によって文化の壁がなくなっていくとも、またこの壁がより強く再認識されることもある。グローバリゼーションについて肯定派か、あるいは反対派かを問うと、次のような答えが返ってきた。「私が行っていることは、いっぽうでグローバリゼーションを加速させる動きです。早く能率的に仕事をするために会社をつくっていますが、しかし同時にそれが衝突のもとにもなります」。
「というのも、関わる人々の感情、才能ややる気に依存するアート作品の制作は、会社のように処理速度と能率性を上げるだけでは達成できないからです。とはいえ、作品をマーケットに送り込んでいるときに、グローバリゼーションを後押していることは、間違いありません。いっぽう、この流れを中国の思想から考えれば、大きな力学のなかの一つの潮流にすぎず、時にナショナリズムを薄め、また反対に人々を保守的にする。いずれにしても、現代アーティストとして重要なのは、好きか嫌いかにかかわらず、こうした状況を観察して自らの立場を明確にすることなのです」。
徐震の作品には、有史何千年という単位の歴史が凝縮している。こうした時間の移ろい、また「時間」についてどのような考えを持っているのだろうか。「様々に異なる地域や時代の彫刻をつなぎ合わせるのは、一種のディコーディングで、文化・文明のパスワードをクラックするようなものです。そういう意味では、この行為は時間への挑戦であり、未来的な視点から見ていると言えるかもしれません」。
※本インタビューは『美術手帖』2018年4月号(3月17日発売)に別バージョンが収録されている