ひとたび新作が発表されると、世界各国のメディアが速報ニュースを流すのが当たり前になったバンクシー。日本でも知名度が高まっているが、同時に増えているのが、非公式の展覧会やマーチャンダイジングだ。バンクシーの公式サイトでは、「FAKE」と題したページで非公式展の開催地と入場料をリストにして「アーティスト本人は関与していない展覧会です」と抗議文を掲載している。また、バンクシーの作品認証などを代行する機関ペストコントロールの公式サイトでは「本物らしく見えるグッズはすべて非公認です」と警告している。こうした作家本人が不在の”非公式シリーズ”に、私たちはどのように向き合えばいいのだろうか? そこには手軽に作品や文章を発表できる時代になったいま、誰もが無関係ではいられない著作権や経済市場の問題がある。
おそらく多くの人が気になってしまうのが、「非公式の展覧会やグッズは、法律面での問題はないのだろうか」という点だろう。アートと著作権問題に詳しい木村剛大弁護士に聞いてみると「じつは、作家本人が展覧会に関与する権利はないんです」という。いったいどういうことなのか。
「じつは作家本人が展覧会に関与する権利はない」
──世界各国でバンクシーの非公式展が開催されています。法律上の問題は、どうなっているのか教えていただけますか。
木村 アーティストには著作権のひとつとして、原作品の展示権があります。もっとも、作品の所有者に対しても作品を公に展示することを禁止するのは、著作者の保護とともに著作物の公正な利用も志向する著作権法の目的からすると行き過ぎでしょう。そのため、作品の所有者は、作品を屋外に恒常的に設置する場合を除いて、期間の長短を問わず、公に展示することが日本の著作権法で認められています。このような著作権法の枠組みの下(海外でも概ね同様の取り扱いです)、非公式展覧会でも作品の所有者から作品を借りて展示することは法的に可能です。つまり、アーティストには展覧会に関与する権利があるわけではありません。
ただ、美術館で行う展覧会では、まずアーティスト本人の関与を求めることが通例です。展示のクオリティを担保するためには、アーティスト本人に関与してもらうことが必要なのは間違いありませんからね。
──「作家本人には展示に関わる権利があるわけではない」とは考えもしませんでした...…。だとすると、有料の展覧会で利益が出ても、必ずしもアーティスト側に還元する必要もないのですか?
木村 日本の著作権法では「最初の作品販売時点でアーティストは利益を得ている」という考え方なので、たとえ展覧会で入場料などの利益が発生しても必ずしもアーティストに支払う必要はありません。ただし、展覧会のショップで販売するグッズは展示権とは別です。作家には著作権のひとつとして作品の複製権があるので、例えば、図柄を使用したマグカップやポストカードを販売する場合は、複製権の問題となり、作家の許諾が必要です。展覧会カタログに掲載する高画質の作品画像も同様で、作品の複製権としてアーティストから許可を得ることが必要です。つまり展覧会の開催にあたってアーティスト側の関与を求める習慣が一般的なのは、カタログやグッズ制作など、展覧会を総合的に構成するためにはアーティストの許可が必要になるというのも、理由のひとつでしょう。
──少し話が逸れますが、美術作品は、作品が転売されるごとに価格が大幅に上昇することも多々ありますよね。その仕組みを考えると「最初の作品販売時点でアーティストは利益を得ている」という現行の著作権法は、作家ファーストではないというか、アーティストを育てる仕組みではないように感じてしまいます。英国やヨーロッパにはセカンダリー以降の転売の際には作家自身にも売上の一部が還元される「追及権」(*1)がありますが……。
木村 たしかに、作家ファーストではないという議論はありますよね。かつてロバート・ラウシェンバーグが900ドルでコレクターに販売した絵画が、15年後にオークションにかけられ85000ドルで落札されたときに激怒したという話もあります。でも実際には追及権があっても、そんなに大きな金額ではないですし、そもそも作品が追及権がある国でオークションハウスやディーラーなどプロが介在して取引されなければ支払対象にはなりません。でも、オークションで継続して高値がつけば、それが作家の価値をつくる一つの指標にもなってくるので、将来的にはプライマリーの価格に反映されて、作家自身にも還元されるという考え方もあります。
──なるほど。ただ、バンクシーの場合は活動の中心はストリートにあって、基本的に2008年以降の展示作品は公に売り物にはしていないので、その還元サイクルが回らないという問題があると。でもアート市場における“転売ゲーム“において作家は蚊帳の外ですし、作品の展示に主体的に関与できないというのは、バンクシーだけではなくアーティスト全般に言える問題ですよね。オークションに持ち込まれた《風船と少女》をバンクシーが落札直後に細断したシュレッダー事件にはそうしたアート市場の仕組みに対する抗議もありました。
木村 たしかに作品の所有者と契約をしていなければ、アーティストが個展をするからと言っても一度所蔵された作品は必ず貸出してくれるわけでもないですね。ただ、アーティストがギャラリーに所属している場合には、販売先や展示先はある程度ギャラリーが管理しているはずです。また、美術館で展示される場合には、必ずカタログやグッズ制作のために著作権の使用許諾をとる必要があるため、所属ギャラリーを通じて、アーティスト本人に連絡がくる仕組みになっています。
──つまり、アート界全体でアーティストの権利はある程度尊重される仕組みにはなっている。ただしバンクシーの場合は例外的で、ギャラリーに所属せず、自らの作品販売から展示をD.I.Yで行なってきた作家なので、アート界の仕組みからこぼれ落ちているということなんですね。では、非公認のマーチャンダイジングに関してはいかがでしょうか。
その商品次第ですが、作品の図柄をそのまま使用しているもので、作家本人が公認していないのであれば、著作権侵害にあたる可能性が高いでしょう。例えば、ストリートアートの写真を撮って、その写真を元に(ストリート・アート作品を)商品化して販売する場合、日本では、写真を撮影した写真の著作権者の許諾とストリート・アートの作品自体の著作権者の許諾がそれぞれ必要です。
非合法にかかれたグラフィティでも作品が生まれた時点で著作権はある
──グラフィティのように非合法に描かれた作品にも著作権はあるのでしょうか。
木村 公共圏に非合法に描かれた作品でも、作品が生まれた時点で著作権があります。ただ、所有権の侵害と著作権の問題は別ですので注意が必要です。建物の所有者から器物損壊で告訴されて刑事事件に発展する可能性もあります。また、もしグラフィティライターが建物の所有者に無断で建物の壁にグラフィティを描いたにもかかわらず、その建物の所有者に対して著作権を行使すると、さすがに権利濫用ということで権利行使は認められないと裁判所が判断する可能性も十分にあると思います。他方で、建物の所有者以外の第三者、例えば作品を無断で二次利用する者に対して著作権を行使することはできるでしょう。
厳密にいうと、屋外に恒常的に設置されているパブリックアートの場合、著作権法の例外規定で作品の幅広い使用が認められています。しかし、作品を使ってポストカードなどの複製物を販売する目的で作品を複製したり、複製物を販売したりする場合は原則に戻って、作品の著作権者であるアーティストの許可が必要になります。つまり、作品の図柄を使用した非公式マーチャンダイジングは、バンクシー側が著作権を行使していないため、単に「違法状態が続いている状態」と言えます。もしバンクシーが著作権を行使すれば、商品の販売やライセンスビジネスに対して差止めや損害賠償の請求はできるでしょう。ただ、著作権侵害だと言って権利行使することもできるし、作品の無断使用をそのまま放置することもできますし、どう対応するかは著作権者の自由です。
──「バンクシーは身バレしたくないから著作権を行使しないし訴訟もできない」という説もよく聞きます。建物の所有者から器物損壊で告訴される可能性はあるとしても、バンクシーが描いた壁画の建物が値上がったり、壁ごと作品が切り取られてアート市場で販売されたりという状況を見る限り、その可能性は低い気がするので、おそらく「著作権を行使する」こと自体が作家のスタンスに反するというのが一番の理由なのではないかと考えていますが、著作権以外で、第三者による作品の無断使用から作品を守ることができる法律はあるのでしょうか。
木村 やはり著作権が主な手段になるでしょう。たしかにバンクシーは「著作権を主張したくない」というスタンスだと言われていますね。しかし、バンクシーの作品を勝手に商品化する会社(*2)が出てきたこともあって、バンクシー側(ペストコントロール)では著作権の代わりに商標権を使って、第三者による無断利用から作品を守るために《花を投げる男》など複数の作品を商標として登録していました。これに対して、その会社が「バンクシーは商標権を維持しているのに登録商標を指定商品に使用していない」と異議を訴えたこともあって、バンクシーは商標権維持の対策として2019年に期間限定ショップ(*3)を開店して登録商標を使用した商品を販売しています。結果的に、欧州連合知的財産庁は、バンクシーの商標権の維持を認めませんでしたが……。
──「バンクシーは作品を商標権登録したにもかかわらず、実際に作品を使った商品開発をしたりビジネスをしていないじゃないか」と異議申し立てをした件ですよね。だからと言って第三者が勝手に作品を使って商品化したりライセンスビジネスをしていいのかとモヤモヤしますが、こうした問題も含めて公共圏で表現をすることの難しさを考えさせられます。ちなみに、匿名のままでも著作権を行使できるのでしょうか。
木村 例えば、バンクシーがペストコントロールに著作権を譲渡し、ペストコントロールが権利行使するといった方法も考えられます。バンクシーの匿名性は争点のひとつになるでしょうが、著作者が匿名だからといって必ずしも裁判で誰も著作権を主張できないとは限りません。それよりも、バンクシーが著作権に関してポリシーを転換するかどうかがアーティストとしての活動との関係では問題になるでしょう。
「ペストコントロール」のウェブサイトをみると、バンクシーは「作品の私的利用は認めるが、商業利用は反対」という趣旨とともに、「『バンクシーが著作権は負け犬のものだと本に書いている』と言っても、アーティストを不当に歪めたり、詐欺を働いたりする自由を与えることにはなりません」とも明言しているので、このメッセージを一般に広めていくことも現時点ではひとつの対策かもしれませんね。
バンクシーの作品画像は、非営利で個人的に楽しむために使用することができます。カーテンの色に合わせて印刷したり、おばあちゃんへのカードをつくったり、自分の宿題として提出したり、なんでもOKです。しかし、バンクシーとペストコントロールのいずれも、第三者に対してアーティストの作品画像使用のライセンスを付与していません。バンクシーの作品画像を営利目的で使用しないでください。これには、様々な商品を発売したり、実際にはアーティストが制作したり、公認したりしていないのにそのようなものだと人々を騙したりすることが含まれます。バンクシーが「著作権は負け犬のためのものだ」と本に書いていると言っても、アーティストを不当に歪めたり、詐欺を働いたりする自由を与えることにはなりません。私たちは確認済みです。(「ペストコントロール」公式ウェブサイトより)
*1── アート作品がオークションなどで取引された際に取引額の一定比率を著作者に支払う制度。現在、欧州やオーストラリアなどを中心に86カ国以上が制定していると言われるが、日本ではまだ導入されていない。支払額は落札価格の約2~5%程度で、EU内では1回の取引あたりの支払額に1万ユーロ強の上限を設けている。https://bijutsutecho.com/magazine/series/s22/22097
*2── イギリスのフルカラーブラック社。バンクシーのストリートアートを撮影した写真をもとにしたカードなどを「BRANDALISED」というブランド名で商品化するほか、日本でも作品のライセンスビジネスを行なっている。同社はバンクシー(ペストコントロール)が作品を商標登録していたことに異義申し立てをし、欧州連合知的財産庁はこれを受けて、2021年にバンクシーの商標登録を無効にした。
*3──バンクシーがロンドン南部クロイドンで商店街の一角を使ったショーウィンドウ形式の展示「グロス・ドメスティック・プロダクト(GDP)」。2019年10月17ー10月28日まで期間限定で公開した作品。ショーウインドウで展示した作品は10ポンドー850ポンド(約1400円ー12万円)という低価格でオンラインでも限定販売された。
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/20746