同性のアーティストと鼓舞し合う姿勢
田坂 出光さんの作品は、女性が直面してきた問題を直視することになり、辛さを感じることもあるのですが、ご本人はどこか客観的でもあります。毎回いろいろな手法にチャレンジし、映像でしかできないことを見つけ、自分の言語をつくっていくタフさを感じるんですよね。当時は海外からの評価が先にあったようですが、おそらく直感的に自身の体験を作品にされていたので、時代が追いついていなかったのではないかと思います。いまようやく評価するための言葉が世の中に生まれて、言語化できるようになってきたのだと思います。また、出光さんはフェミニズムの文脈で語られることが多いのですが、ユング心理学の影響を深く受けていることなど、その作品群を紐解くには多彩な切り口が存在します。
遠藤 当時は批評家も男性ばかりで、「女性らしい作品だね」という評価しかもらえないこともあったようです。2000年の展覧会のときに女性差別的な文脈で批判された際、出光さんは裁判を起こして勝訴したのですが(*1)、それは当時周りに仲間がいたからできたことだと話していました。後世のためにも、誹謗中傷に対して断固としてノーを示すという重要な選択をされたと感じます。
田坂 だからこそ、ヨネヤマ・ママコさんや岸本清子さんの活動などに感動し、女性たちへの共鳴を作品にしようとしたところもあったのではないでしょうか(《At Any Place 4:ヨネヤマ・ママコ作「主婦のタンゴ」より》(1978))。問題を完全には解決できなくても、確かに道を開いていくような作品をつくってこられました。自分だけではなく、同性のアーティストを支え、互いに鼓舞しあい、なんとか生き抜いていこうとする態度が作品に表れています。
*1──2000年12月に神戸で開催された「出光真子作品展」に関する、批評文と称した性的侮辱文書に対して、02年1月に東京地裁に提害賠償事件として提訴。その後複数回の話し合いの場が設けられ、03年1月に出光側の要求に沿った和解が成立した。以下を参照。出光真子『ホワット・ア・うーまんめいど─ある映像作家の自伝』岩波書店、2003、220-229頁。
【後編】ゆっきゅんが見つめる「個人の魂」を刻み続ける表現の力、に続く。



















