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櫛野展正連載「アウトサイドの隣人たち」:キング・オブ・セルフビルド【3/4ページ】

 改めて、向かいの道路から眺めて見ると、岩山は隣の3階建てアパートと同じ高さになっている。本来、自宅は2階建てだが、勾配天井になった吹き抜けの上にも石を積み上げたため3階建てのように見えているというわけだ。肝心の住み心地については「まったく不便さはない」という。

 この作業をやり始めてから、饒波さんは独学で植物の知識を習得し、その知識を活かしてホームセンターの園芸売り場で勤務してきた。それぞれの岩のポケット状になった部分には、色々な植物が植栽されており、植木鉢に入った状態のものは、これから植えていくもののようだ。

 驚くべきことに、饒波さんはただ闇雲に石を積んでいるわけではない。石を積んだら一度下まで降りて、全体を見渡す必要がある。小さな石を積むだけでも何度も登ったり降りたりを繰り返さなければならないため、かなりの時間を要してしまう。当初は、「360度囲みたい」という夢を抱いていたが、歳月の経過とともに隣に建物が建ち、夢の実現は断念せざるを得なくなった。

「30年の歳月をかけてつくられたと言われているアンコール・ワットより長いわけですよ。こっちは35年以上なのでね。でも、残りの人生を考えると、理想通りに完成することは不可能なんだよね。釣りやアクアリウムの趣味はいつでもできるけど、これだけは早く完成させないと体力がなくなっちゃいますから」。

 饒波さんは、いまでも出勤前と休日は全ての時間を制作に費やしている。街灯設備もないため、日が昇る前にモルタルを捏ね、日没まで岩山に登って石を積んでいき、その途中で材料を調達するため山を往復し作業する日々を送る。

2018年当時の饒波さん

 そして、このモルタル製造も誰かに教わったわけではない。すべてが独学なのだ。「正しいかどうかわからんすよ、自分で適当にやってるので」と、以前に道路脇の作業スペースで、モルタルづくりの様子を見せてもらったが、砂とセメントを混ぜ、水を足して捏ねていく様子は、まるで蕎麦打ち職人のようだった。十分に捏ねて粘土のような状態になったら、片手で抱えて岩山を登り、少しずつくっつけていく。モルタルは乾いたら白っぽくなり石灰岩と同化してしまうのだが、石とモルタルのつなぎ目を「出来るだけ自然にある状態に見えるように」と、饒波さんは水を加えたり筆でラインをつけたりと実に丁寧な仕上げを施していく。モルタルは固まるのに1日ほどかかるが、沢山くっつけているため未だ固まっていないことが気づかずに、崩してしまうことも多い。一番苦労したのは、窓の庇(ひさし)の上に石を積んだことで、オーバーハングの姿勢で大変だったそうだ。そして作業中に落下して命の危険を感じたことは、数知れない。

 7年前と大きく異なっているのは、玄関へと続く階段部分の造形だ。アーチ状に石が積み上げられ、玄関へと続いている。ごつごつとした岩山の隙間から、一筋の光が玄関に差し込んでいる様子は、どこか神々しくもあった。

編集部

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