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ダミアン・ハースト「スポット・ペインティング」を分離、別作品として販売。リーガルの視点から眺めると?

ダミアン・ハーストを代表するシリーズである「スポット・ペインティング」。これを別のアーティストが88個に分離して、新たな作品として販売するという試みが行われた。この場合、ハーストの権利との関係はどうなるのか? 「Art Law」を業務分野として掲げる日本で数少ない弁護士のひとり、木村剛大がリーガルの視点から読み解く。

文=木村剛大

出典=Severed Spots (https://severedspots.com/)

MSCHFによるプロジェクト「Severed Spots」とは?

 ブルックリンをベースに活動するアートコレクティブ「MSCHF」が2020年4月28日、新たなプロジェクトを発表した。その名はSevered Spots。

 まず、ダミアン・ハーストの代表的シリーズであるスポット・ペインティング(エディションプリント)《L-Isoleucine T-Butyl Ester》(2018)を3万485ドルで購入する。そして、なんとそのプリントを88個のスポットに分離してMSCHFの作品《88 Spots》(2020)として1個480ドルで販売するというのだ。

ダミアン・ハースト L-Isoleucine T-Butyl Ester 2018 出典=Severed Spots (https://severedspots.com/)

 

 筆者も1個購入を試みたが、すべてsold outになっていた。CNNの記事によれば、38秒で売り切れたらしい。

 480ドル×88個=4万2240ドルなので、3万485ドルの購入費用はこのスポットの販売により優に回収することができる。

 しかし、これで終わりではない。88個の四角い穴が空いたスポット・ペインティングは、MSCHFの作品《88 Holes》(2020)として最低入札価格12万6500ドルでSevered Spotsのウェブサイトでオークションにかけられた。2020年5月6日、オークションの結果、《88 Holes》は26万1400ドルで落札されたと発表されている。

MSCHF 88 Holes 2020 出典=Severed Spots (https://severedspots.com/)

 これはまさに究極の錬金術だ。

 世界で指折りの現代美術作家であり、「死」とともに「金」という人間にとって本質的なテーマに取り組むハーストの作品を使用してこそ、このプロジェクトの鮮やかさが浮かび上がってくる。

 MSCHFが公表したマニフェストによれば、このプロジェクトには高額のアート作品を購入するために投資を募る、分散型オーナーシップ投資への批判的メッセージが込められている。

 Severed Spotsでは、作品の権利ではなく、文字どおり作品自体を分離して多数の人に売ってしまったわけだ。

 このようなアートマーケットへの批判に加えて、他にも見方によって様々なとらえ方ができる。

 スポットが切り取られた《88 Holes》から、ロバート・ラウシェンバーグがウィレム・デ・クーニングのデッサンを消しゴムで消した作品《消されたデ・クーニング》(1953)を想起する人もいるだろう。

ロバート・ラウシェンバーグ 消されたデ・クーニング 1953 出典=サンフランシスコ近代美術館ウェブサイト(https://www.sfmoma.org/artwork/98.298/)

 また、2018年10月5日にサザビーズ・ロンドンで開催されたオークションで起こった、バンクシーにより額に仕組まれたシュレッダーで裁断された作品《愛はゴミ箱の中に》(2018)との関係性に思いをめぐらせる人もいるかもしれない。

バンクシー 愛はゴミ箱の中に 2018 出典=
サザビーズ・ウェブサイト(https://www.sothebys.com/en/articles/latest-banksy-artwork-love-is-in-the-bin-created-live-at-auction)

リーガルの視点から眺めると

 このように《88 Holes》は美術史上の作品との関係性でも様々な解釈の余地がありそうだが、リーガルの視点でもこの作品を眺めてみたい。

 なお、ハーストはこのプロジェクトに関してコメントを発表しておらず、紛争になっているとの報道はなされていない。

(1)有形物としての側面(所有権)

 まず、有形物(物理的な物)としての側面から検討しよう。

 スポット・ペインティングを買って、88個のスポットに分離する行為は、所有者が自分の所有物を切り取るという所有権の範囲内の行為である。そのため、所有者であれば、買った作品を88個のスポットに分離することもできるし、販売することもできる。

 判断が難しいのは、無形物としての側面、つまり、著作権、とくに著作者人格権との関係である。

(2)無形物としての側面(著作権)

 主に問題となるのは著作者人格権との関係であろう。具体的には、1. 同一性保持権(著作権法20条1項)、2. 氏名表示権(19条1項)、3. 名誉声望権(113条7項)との関係は問題になりうる。

1. 同一性保持権

 同一性保持権は、著作者の意に反して著作物を変更、切除、その他の改変をされない権利である。

 Severed Spotsでは、スポット・ペインティングのスポットを切り抜いて《88 Holes》としており、改変(切除)にあたる可能性が高いと思われる。

 他方で、改変の程度が大きい場合には別個の著作物となり、同一性保持権の侵害にならないと解釈する余地がある。《88 Holes》ではすべてのスポットが切り取られており、画面だけを見ればスポット・ペインティングとは大きく異なることになる。

 しかし、著作権法の解釈としては、スポットを切り取るだけで別個の著作物とまでいってよいかは議論になりそうだ。

2. 氏名表示権

 氏名表示権は、自分の著作物に著作者名を表示するか、表示しないかを選択できる権利のことをいう。

 このプロジェクトでは、スポットを切り抜いたスポット・ペインティングに新たなタイトル《88 Holes》(2020)をつけており、新たなタイトルの下ではMSCHFの作品として提示していることは明らかである。しかし、ハーストの署名は作品に残っている。

 《88 Holes》をスポット・ペインティングの二次的著作物だと考えると、ハーストは著作者名を表示するか、しないかを選択できることになる(19条1項2文で「その著作物を原著作物とする二次的著作物の公衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示についても、同様とする。」とされている)。

 他方で、仮に《88 Holes》を別個の著作物として考えるとしても、ハーストの署名が残っている点は問題になりうるように思うが、自分の著作物に他人の氏名を表示する場合には氏名表示権の問題にはならない。

 また、著作者でない者を著作者名として表示した著作物の複製物を頒布する行為は、刑事罰の対象とされているものの(121条)、これは「複製物」の頒布に限定されている。

 氏名表示権の解釈を考えてみる必要がありそうだ。

3. 名誉声望権

 最後は名誉声望権である。著作者の名誉又は声望を害する方法により著作物を利用する行為は、著作者人格権の侵害とみなされる。

 ここでいう名誉又は声望は、著作者の主観的な名誉感情ではなく、社会的にみた著作者の名誉声望のことだと解釈されている。

 芸術作品としての裸体画をポルノショップの看板に使用する行為が典型例である。

 このプロジェクトによる作品を88個のスポットに分離して販売し、穴の空いたスポット・ペインティングを《88 Holes》として販売する一連の行為をどのように評価するか。

 MSCHFのマニフェストによるプロジェクトの意図やウェブサイトでの公表の態様からすれば、社会的にみた著作者(ハースト)の名誉声望を害するとはいえないのではないだろうか。

 このように、Severed Spotsプロジェクトは、著作者人格権との関係でも難しい問題を提示している。

 ちなみに筆者が購入しようとしたスポットは、グレーだ。

編集部

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