事物に内在する時間性を読み解く
1962年、美学者にして考古学者のジョージ・クブラーによって著され、美術家のロバート・スミッソンやジョン・バルデッサリに影響を与えたことでも知られる伝説の理論書がついに邦訳された。本書の特色は何よりもまず、芸術作品のみならず「人間がつくり出したすべての事物」にまで芸術概念を拡張して考察を進めた点にある。
従来の美術史研究では様式や流派による分類的思考や、意味内容に主眼を置く図像学的解釈が幅を占めてきたが、クブラーはこのような慣習的手法に異を唱え、「事物の歴史」を描き出すための新たな尺度の導入を試みた。その一例としてクブラーは、これまでの芸術史があまりにも生物学的な隠喩で記述されてきたことを批判する(生物学的隠喩の傾向は、「誕生」「死滅」「成熟」「衰退」といった語彙の濫用に表れる)。
かわって提案されるのは物理科学的な隠喩体系の導入だ。生物学的ライフサイクルから事物を解き放ち、歴史の記述システムに大きな転回をもたらすこのような視点は、芸術作品と天体の星々、歴史家と天文学者に相似関係を見出す遠大な時間感覚にも連なるものである。天文学者がすでに消滅した恒星の光を観測しているように、私たちは過ぎ去った時からの流出物として芸術作品を享受する。しかも過去の事物から送り届けられるシグナルはあまりにも不明瞭で、ときに中継器を経て変容を被る。
「どのような出来事においても、現在という瞬間は、すべての存在のシグナルが投影された一枚の平面なのである」(45頁)。あらゆる事物は複数の系統年代によって成り立つ複合体であるがゆえに、私たちは個々の事物に特有の時間単位や周期、分類方法を視野に入れながら、様々な時のかたちを読み解く作業に当たらなければいけない。本書で提示されるシークエンス、シリーズといった概念は、この読解の作業に大きな手掛かりをもたらすだろう。また、従来の美術史研究では独創性やオリジナリティなる概念に帰せられていた芸術作品固有の価値は、「発明」の概念によって新たな相貌を得ることになるはずだ。
事物の側から脱人間中心主義的な歴史観を形成するクブラーの論は、刊行後50年以上の時を経ても古びないどころか、事物と人間の関係性が加速度的に更新されていく現在だからこそ読まれるべきなのだという実感を引き起こす。